試乗記・アバルト 695esseesse オトナこそ乗るべきだ
アバルト 695esseesseに試乗する機会を得た。オーナーはTazzaさん。いろいろあって晩ご飯をご一緒することになり、124スパイダーから695への乗り換えが発覚。正直驚いたがTazzaさんご自身は「そう言えば左ハンドル車って乗ったことがないな。ここらで……」ということらしい。



アバルトの500ベースのコンプリートカー。595にはこれまでに数回試乗する機会があった。最上級グレードのコンペティツィオーネ、台数制限付きの特別加飾グレード、市井のショップや目利きオーナーが腕によりをかけた個体。その中で特に何も考えずにディーラーで買えるコンペティツィオーネグレードは、足が想像以上に硬かった。もちろんその分速度域が高くなれば高い操縦性と路面追従性の辻褄が合ってきて、「いやぁ、こりゃあもう、たまりませんな!」と運転席で爆笑することになるのだが、日常領域のゴツゴツ感は筆者は持て余すと思った。またRHDモデルはペダルオフセットが酷い。これはもうアイルトン・セナとケン・ブロックが霊界から特別チャンネルを開いて「そうは言うけど、まぁ許容範囲じゃない?」と語りかけてきても承服できぬ。特にアバルトの諸車は「運転することそのものが目的」。あのペダルオフセットは運転への没入を妨げるノイズでしかない。つまり「普段使いには足が硬過ぎてしんどい」、「ペダルオフセットであれこれ考えたくないから、買うならLHD、それも5MT一択」というのが、現状のアバルト500シリーズの筆者の総評である。
翻ってTazzaさん所有の個体はどうか。購入から2年が経過し走行距離約23,000km。LHD/5MT。コンペではなく素グレードにesseesseキットコンプリート。筆者の理解ではこのエッセエッセキットは足周りのグレードアップが主効能。ボディダンパーを装着した以外はド純正とのこと。これは逆に期待を煽る仕様ではないか。試乗を持ちかけてきたのはTazzaさんだが、むしろぜひ!と請う形に。Rossoでの夕食後、試乗させていただくことになった。検分主眼は「ロードスターに馴染んだ今乗ってみるFF最狂はどんなもんか」「esseesseキットの霊験や如何に」の2点である。
■走り出す前に
まず外観を拝見。さっそくエッセエッセキットのリアスポイラーが目に留まる。マフラーなんざアクラポヴィッチですぜ。ボディカラーはグリジオカンポボーロ。アバルトグレーとも呼ばれるこの色味がイメージカラーになった経緯は複数耳にしたが、諸説どれもハイコンテキスト民族の日本人のハートを鷲掴み。地味な色だが日光の照射具合で印象が大きく変わる。残念ながら試乗は日が沈んでからだったが……。左ドアを開けて運転席に着席。するとすぐにLHD環境の恩恵を実感。ペダル操作になんのストレスもない。唯一左足を乗せるフットレストの設置位置が手前過ぎるんじゃないかと思わないでもないが、アルミ製の大きなヤツが付いててそっちの嬉しさの方が大きい。サベルト製セミバケットシートは座面も背面も薄いものの下半身も上半身もホールド性は抜群。運転姿勢を決めるとあるべきところにあるべき操作子があり、クルマをまだ1mmも動かしていないのにクルマと一体になった感覚を覚え、それが徐々に強くなる。ロードスターから乗り換えれば着座位置も目線の高さもまるでバスやトラックか?というくらい高いのだが、精密機械のコクピットに収まった気持ち良さがそれを打ち消してくれる。エンジンをかける。メーターはお馴染の情報過多のデザインで液晶ディスプレイでの描画。味気ないがメーターそのものや配線類の重量が削減できるという意味では害ばかりとも言えない。短時間の試乗ではそうそうメーターばかり見ているわけではないので、今回この問題には触れない。



■実走
Aペダルを少しだけ煽って静かにクラッチをつなぐ。どこにも神経質な動作はなくスムースに動く。意外やボディの、特に腰から下に頑強さを感じる。エッセエッセキットそのものには溶接ポイント増加などのメニューはないので、これはKONIダンパーやコイルスプリングの効果だろうか。公道への合流の瞬間の道路の段差も、ガツガツ反応ではなく、ドドッドドッというちょうど良い塩梅で、ショックの丸め方、収束速度の速さが光る。明らかにコンペグレードよりも「動く」印象。
■ボディダンパー
この印象にはオーナーTazzaさんが唯一後付けしたオプション、COXのボディダンパーもかなり効いている。特に旋回動作の解像度の高さは、リアの挙動が安定しているが故の実感だろう。装着効果を確認するために納車時には敢えて取り付けず、一ヶ月後の新車点検時に取り付けて検証したというからTazzaさんも中々のヘンタイである。装着の結果段差乗り越え時のショックが明らかに丸まったという。加えてリア側の共振が減ったことで車内ノイズの周波数構成にも変化があったそうで、純正のままのオーディオシステムの聴こえ方が良くなったという。695で敢えてピアノソロ演奏を聴きながら走らせてみたが、残念ながら筆者には「聴こえやすくなった」かどうかはわからなかった。アクラポヴィッチが奏でるエグゾーストノイズはどうしたってピアノ演奏の左手側の音域あたりに被る。タイムアライメントの結果なのか、音像もけっこう後ろの方に引っ込んで大人しく鳴っている。試聴音源がクラフトワークだったらどうだったのか、メタリカだったらどうだったのか興味は尽きないが、予想の斜め上を行く695の反応を味わうのに忙しくこの件はこれ以上深掘りできず。


■まず安心が先にくる
公道を車列に紛れてノーマルモードでまずは進む。前述のボディ剛性感の高さは40km/hの直進でも霊験あらたかで、アバルトなのにこんなに平和でいいのか?とすら思ってしまう。親友あにまるの日産 マーチ12SRでも同様に感心した。ボディが適度に硬いことは低速領域でも充分恩恵がある。加えて695esseesse、ステアリング機構全体の取り付け精度も高く感じる。ハンドル操作への反応に遊びがない。かと言って過敏でもない。回し始める瞬間の調律が見事なのだろう。運転手の入力操作とクルマの反応のダイレクトな感覚が気持ち良い。そう、695esseesseはいたずらにアドレナリン分泌を促すのではなく、まず運転手を安心させてくれるところから始まる。懐が深い。それがわかって初めて「じゃあどこまでつきあってくれるのかな?」と高負荷領域の挙動に興味が向き始めるのだ。
しかし平日19時頃の幹線公道でそんな領域に持って行けるわけがない。ターボがお仕事をし始めるのは回転数でどれくらいか、そしてそれはどんな風に効果を発揮するのかを、唯一前が空いた瞬間に確かめてみた。スコーピオンモード(電子的に車両セッティングを変更できる機能で、いわゆるスポーツモード)ではおよそ2,800rpm付近でパワーがググッと湧いて、少なくとも5,000rpmくらいまでは窄まることはない。この急に背中をシートバックに押し付けられる感じ、久しぶり(笑)。一方ノーマルモード時はここまであからさまでもなく、むしろこのターボラグによる不可避の段付き加速をうまくリニアに均しているとも思う。
そうなのだ。日常生活ではむしろノーマルモードの方が御しやすい。高いボディ剛性、余裕のある足周りとブレーキ周り、何よりも組み付け剛性の高さを実感する操舵関連など、とても500をちょちょいと弄って一丁上がりではないことが、何か操作をするたびにひしひしと伝わってくる。試乗後半はひたすら「なんて運転しやすいんだ……」と云い云いしてばかりいた。
■まとめ
刺激よりも安定と動作解像度の高さ。アバルトというブランド名や歴代の500、595、695の様々なインプレッション記事から想像するような尖ったキャラクター。しかし695esseesseは尖ってもおらず、ただ刺激的なだけでもなかった。これは想像だが、今回の試乗で感じたあらゆる方面の余裕、動作の正確性などは、おそらく歴代のアバルト500シリーズがとっくに備えていたのだろう。試乗を終えて不思議に思うのは、どうして今までの試乗機会にそれらの美点を見抜けなかったのだろうか、ということだ。ひたすら加速の刺激性やシフトゲートの正確さ、ブレーキの信頼性などにばかり注意が向いていた。素の500から如何に遠くにジャンプできているかという視点でばかり観ていた。確かにそれらはアバルトエンブレムに相応しい能力だし、高い金を払って手に入れる以上、真っ先に味わいたい要素でもある。だがそれも前述の安定性や高いボディ剛性由来の動作解像度の高さがあってこそ。それら潜在的美点をエッセエッセキットの足周りが浮き彫りにしたとしか思えない。500のシャシーとアバルトチームのチューンナップは「ボディや足回りの取り付け剛性を上げれば、クルマの運転は快適になる」という普遍的な事実を高い次元で実現させていたのだ。最後の最後をわざわざ50万円超えのオプションセットを付けないとそれが分かりにくいというイケズさはあるが、エッセエッセの落とし所は見事だと言わざるを得ない。
エッセエッセキットはもはや単品販売どころか、現行ラインナップのオプションとしても無かろう(未確認)。何かのタイミングで全部乗せの限定バージョンとして発売されるのを待つしかないのか。新車で購入できないのが残念で仕方ない。EVやハイブリッドなど、運転好きには単なるノイズでしかない世間の常識が500にも影響し始めている。この混乱に何らかの結論がでるのには、まだおそらく数十年はかかるだろう。決して500eを否定するものではないが、今回のような試乗体験をしてしまうと如何に内燃機関がクルマの動力として相応しいか直感でわかってしまうし、それは骨の髄まで肯定してしまう素敵さだ。アバルトの500ベース車両を購入するなら、多少理不尽さを感じる価格でも中古の個体も視野に入れておくべきと考える。足周りさえ自分好みにセッティングできれば、年寄りになってからでも自慢できる運転体験ができる。Tazzaさんありがとうございました。
acatsuki様
先日は有難うございました。後付けしたボディダンパーについては、1か月後点検時に、イデアルさんの出口の段差での音(トントンという段差を越える音)と帰路に聴いた音楽が往路よりもクリアに感じられたことがはっきりを記憶されていて、乗り心地にも影響はしているとは思います。あとでネット検索したら、国産車並みの乗り心地になった(…ってどういうこと?)というコメントも見たような記憶があります。(誉め言葉のつもりで書いたんでしょうけど、ちょっとですね。)
同様の製品は車種ごとにあるようで、ロードスター用のも見つかりました。
https://www.autoexe.co.jp/?page_id=22214
2本のせいか、昨今の諸々の高騰のせいか、私が購入した頃よりはお高いような…。
ぜひロードスターにお取り付けいただいてインプレッションを!(笑)
いろいろと情報落ちのある本文で申し訳ないです。が、主観上の感想文であれば現状で間違ったデータは書いていないはずなので、ご勘弁ください。
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>>ロードスター用のも見つかりました。
わーん(泣)、わざと探さないようにしてたのにぃ! というか、ダンパーの前にフロント側の上下に剛性アップ用のバーがありまして、アンダーブレースを付けるならそっちもセットで……と逡巡して止めました。せっかくオープンに乗っているのにクローズドと同様の剛性を求めるのは自己矛盾だと思う次第です。ゆるいからイイのよ……と、うそぶいてみたいです(笑)。
acatsuki様
オープンにはオープンの個性がありますからね~。
124運転したいなと思いだすときもありますが、しかしあれは私にとってはマッチョすぎる個体でしたし、何しろ狂老人に追突された事実から離れたいというのもありました。
今は、この695の状態で相当贅沢なので、しばらくは(というか、乗れる限りずっと)このままで良いなぁと思っています。
もし乗り換えることがあったら、ご相談させてください。(滝汗)
いやいやいやいやいや、695esseesse、超絶いいじゃないですか。一生乗るでもいいとすら思いますよ(割といつも、どういう車種でもそう思うけど)。乗り換えの相談に乗れるとは思えませんが、「え?手放すならもう一回運転させてください」ということになると思うので、ご一報ください(笑)。