試乗記・トヨタ ヤリス「失点をつぶすだけで充分」というトヨタの底力
ふとした失態で曉号を板金修理入院させることになった。その話は改めて上梓するつもりだが、本稿では任意保険のレンタカー特約によって曉号の不在を埋めるべくやってきたトヨタ ヤリスについて印象記を書いてみたい。
トヨタ ヤリス
総走行距離約3,400km(借用期間中約800km走行)
初年度登録 令和5年(2023年)
形式 5BA-MXPA15
原動機の形式 M15A
排気量 1.49L(ガソリン)
車両総重量1,385kg(前軸重700kg 後軸重410kg 車両重量1,110kg)
全長 384cm
全幅 169cm
全高 151cm
X(ガソリン車 1.5L・CVT・4WD)というグレードらしい。レンタカーだから最下層グレードかと思いきや、下には1.0Lの2WDモデルがある。2024年10月現在の車両本体価格は1,888,000(税込)。6MT仕様だともっと安い。筆者は相当なトヨタ車嫌いであり、なんなら一生トヨタのクルマを買わない自信があるが、ヤリスXは望外に良かった。これで車両本体価格が200万円を切っているのは驚きという他ない。だってフィアット 500の最安値モデルでさえ2,590,000円、シトロエン C3なんか3,157,000円もするのだ。日本の公道をヤリスのような車が跋扈している以上、自動車に味わいなど求めない層からはこれらモデルは一顧だにされないだろう。そういう層から軽自動車以外のコンパクトカーを探してるんだけど……という相談を受けたら真っ先にヤリスを筆者はお薦めする。
初日、受け取った帰り道の途中ですでにいくつも美点を挙げることができた。なので称賛大会の前にどうしても気になった点だけを先に箇条書きにする。
▼ミラー類の視界連携不足
ルームミラーの視界とドアミラーの視界がうまくつながらない。例えば片側2車線道路の2車線目を走行中、1車線目に戻るべく自車左側の安全を確認する場合。1車線を並走していたクルマを追い越し、前方視界からそのクルマが消える。次いでルームミラーで左後方に流れて行くそのクルマを確認、次いでドアミラー……という順の確認行為になるが、ルームミラーから消えた隣のクルマがドアミラーに現れるまでに一瞬のラグがある。「え?追い越したよな?」と半信半疑で何度か目視することになる。単にミラー類の角度調整がおかしいのかと思って直してみたが、完全に解決はしなかった。
▼A、Bペダルの距離
コンパクトカーとしては珍しくペダルに糾弾するようなオフセットはない。ついでに言えばハンドルとシートセンターもビシッと合っている。こりゃいいぞと思ったのも束の間、A、Bペダルとの距離が思った以上が遠い。さらにはペダル面同士の段差も極端だ。踵の置き場所を決めて足首を左右に振るだけでは踏み分けられず、いちいち足の置き場を変えるくらいの距離がある。想像するに踏み間違いによるAペダル誤操作を防ごうとしているのだろう。
▼レーンディパーチャーアラート関連の無粋さ
エンジンを起動した直後はおおよその電子安全装置類はすべてONになっている(エンジン停止前にどのようにセットしようとも)。このうちのレーンディパーチャーアラートがウザい。ピーピーとアラームを鳴らすだけならともかく(いや、それも勘弁して欲しいが)、電子制御パワーステアリングに直接介入してくるのにはまいった。介入具合は速度域が高くなるほど強くなる。高い速度域などと言っても上がせいぜい60km/hプラスアルファの領域での話。ちょうど切替可能な運転モード機能のスポーツモードのように、ハンドルの反力が重くなるのだが、それが旋回動作中唐突に発現する。夏場の田舎の公道のカーブなんざ道路端は夏草ぼうぼうだし、その草むらから小動物がふいに飛び出してくる可能性もあるから、基本的に筆者は車線内のセンターからわずかにアウト側にラインを取る。カーブ内のRはいつでも一定というわけでもないから、センター車線ギリギリ、あるいは踏んでしまう場面もゼロではない。そんな場面だ、不意にハンドルが重くなり曲げた方向と反対に戻そうとする。実はこの現象は三代目ヴィッツでも経験したことがあり、ヴィッツよりは「唐突さ」が薄まってはいるものの、運転操作中の突発事項であることに変わりはない。毎回乗り出すたびに動作解除するわけだが、ON/OFFスイッチを長押し……するものの、一瞬故障を疑うほど反応時間が遅く、鬱陶しい。
▼パワーモード時だけの異音
ヤリスのCVT制御は素直に脱帽ものの緻密さなのだが、パワーモード下での減速時だけ足下、踵付近の床下から「ブーン」とも「グーン」とも言えない異音が発生する。パワーモード時はエンジンブレーキが有益に効くのだが、どうもCVTユニットそのものが唸るか、締結ポイント付近の共鳴が起こるらしい。運転手は知っていれば「あぁ、またか」で済むが、不安になる同乗者もいるだろう。現に助手席の同乗者から「この音なに?」と訊かれた。
これはやはりブログに書くべきとまで思う、気になる点は以上だ。フロントドアオープナーの位置とかハンドルスポークに埋め込まれたスイッチ類があまりに多くて、返って直感的操作がしづらいなんて小さな欠点はあるが、以下に書くヤリスの特に良いと思う点のことを考えると、それらNGポイントも色褪せる思いがする。上に挙げた4点だってこれらを以てヤリスを買うなとは言えない。
トヨタというメーカーは車名が変わる代替わりの初代には相当力を入れてくる、とクルマ雑誌で読んだことがある。ヴィッツは代を重ねるごとに手抜き著しい(筆者的には)買ってはいけない車だった。その伝で行けばヤリス初代は相当開発にお金と時間がかかっているはずだ。欧州での販売車名「ヤリス」に統一して仕切り直しをするにあたり、本気が伺える。そしてヤリスXに乗ると以下の美点がすぐにわかる。
○ボディ剛性がそこはかとなく上がった
ボディ上屋の前後で剛性バランスが整ったというか、床下と屋根が渾然一体となったような感じというか。スポーツドライビングを売りにするような車種と同等の硬さではないが、日本の市街地を法定速度で走る分には余計な共振などが丁寧に処理されていてストレスを感じない。特に同乗者が居る時や後部座席に荷物を積んで走る時などは如実に運転しやすい。
○運転姿勢がビシッと決まる
上に書いたようにペダル周りの齟齬はほぼないので、シート背面に背中と腰をぴたりと付け、ペダルとの距離を決めると自ずとハンドルとの適正距離が感じられるように設計されている。下層グレードでもチルトはもちろんテレスコ機能がある。シート背面の角度はすぐ決まる。実はこの方法で作った運転姿勢ではメーター盤面と顔面が正対しない。身長170cmの筆者がメーター盤面角度と正対するには相当シート座面を高く設定する必要がある。今回はそこまで試さなかったが、それでも頭頂と天井の距離には余裕がありそうだった。シートの骨格やスポンジの硬さも適切(少なくとも運転席は)。
○メーター周りのデザインが洗練された
とにかくトヨタ車に乗るとメーター類のダサさに滅入って仕方なかった。エンジンをかける気にもならなかった。それは文字のレタリングだったり針の形だったり、ディスプレイ内のUIだったりするのだが、メータークラスタ全体を眺めて一言「……ダセエ」。だがヤリスは違った。全体的に文字類は細くスマートになり、返って視認性が上がった。回転計と速度計の間にあるインフォメーションディスプレイ内の文字も同様。また表示される情報が精査されていて最低限の視線移動で欲しい情報を読み取れる。もちろんディスプレイに表示される情報はたくさんあり、それはページを切り替えることで表示させることができるのだが、結局CVTのモード表示(Dモードかマニュアル何段目か)と速度のふたつが解れば運転には何の支障もない。
○CVT制御が巧み
どう巧みかというと、特に微妙な登り坂に差しかかりトルクをもう少し足したいなんて場面で、実にシームレスに回転数を落とす。タコメーターを意地悪く見ていても加速に段が付くようなことは無かった。そりゃあまぁAペダルベタ踏みなんて場面ではシフトラグもあるし、加速も唐突だ(しかも大して加速しないんだ、これが)。だが車列に紛れて前後のクルマに迷惑をかけない運転をしようと思うと、一昔前のCVTとは動作マナーがまるっきり別物であることがわかる。マニュアルモードで確認すると7段にステップを切っている。このステップの切り方、段の付け方も上手い。物足りないのは下り坂でのエンジンブレーキだが、パワーモード時はこれも過不足無く効く。まさかCVTのエンジンブレーキ制御に満足する日が来るとは思わなかった。
○パワーステアリング制御にクセが無い
欠点指摘の項では安全制御の過剰介入を挙げたが、レーンディパーチャーアラート機能を一度オフってしまえば、実は電子制御パワーステアリングはなかなかに上質である。何と言ってもちゃんと直進する。加えて微舵域の動作も変な抵抗があるわけでもなく、引き攣れるような動作もない。前輪の動きもぎりぎりわかる。ただしタイヤがずぶずぶのエコタイヤだったので、前輪の動作描写云々はタイヤのせいもあるかもしれない。とにかく動き出してすぐにパワステのことなど意識から消えてしまう。運転制御プログラムのノーマルモードとパワーモードで反力が同一なのも美点だ。別にパワーモードだからと言ってステアリングが重くなる必要はない。常に同じ反力で均等に旋回コントロールができればそれで充分だ。
○エンジンマウントが巧み
ゼロスタート時やある程度速度が乗っている状態からの加速時、急なAペダル入力を与えてもエンジンがシャクらない。これは地味ながらとんでもない美点である。エンジン横置きのいわゆるジアコーサ式FFでは、主に乗り心地向上や騒音対策の意図でエンジンマウントを緩く設定する傾向が最近特に著しい。走っている最中や停止時は確かに効くのだろうが、ちょっとでもエンジンががんばる場面では盛大にエンジンが揺さぶられて、結果的に乗員の頭を揺らす程になる。だがヤリスはよほど無茶な入力を与えないとシャクりが起きない。少なくとも日常の運転ではまず問題にならないと思う。家人のシトロエン C3(B6型)エンジンの盛大なシャクりにものすごく神経を使うペダルワークを強いられている筆者は猛烈に羨ましい。
もう少し時間をかければもっと美点があるかもしれない。3週間800kmヤリスとお付き合いして合点が行ったのは、トヨタはもはや「良いクルマ」を作るために要素を積み上げるようなことはしていないということ。もう「売れる良いクルマ」を作るノウハウは充分にある。その上で取りこぼし、失点を防ぐフェイズにいるのだ。特にA、Bペダルの高低差と、ペダルそのものが離れている造りに気付くとそう思う。地味な対策ながらペダルの踏み間違いを減らそうとしているのだ。それで犠牲になる「ドライバビリティ」など気にしない。ただしペダル配置へのそういう気遣いがあるなら、まずはプリウスのシフトパターンを即刻止めろやとは思うが、そこは大企業、右手のやることを左手が知らない/追従できないという事情もあるのだろう。
同時に、国内外を問わず、現代のコンパクトカーというものが如何に運転しにくいかとも思った。美点として書き出した項目は、本来達成できていて当然、わざわざ称賛するには値しないのではないか。だがこれらが達成されたヤリスを運転すると、道具とはこうあるべきだと得心させられる。凡百のコンパクトカーは、内装の豪華さや燃費の良さや上辺だけの安全装置を上乗せすることに躍起になり、ごく基本的かつ根本的な「造り」の部分が後回しになっているとも言える。安全な運転に本当に必要なのは、前走車に近づき過ぎや車線逸脱を警告するアラームやメーター内に制限速度標識を表示するなどの後付けの電子制御ではない。すっきり硬いボディに過不足ない動力性能と制動能力、直進が楽なステアリング機構、ストレスのない運転姿勢など基本中の基本項目なのだとシレッと伝えてくる。改めてトヨタの開発、実験部門はすごい。きっと運転が好きな人ほどヤリスの優秀さがわかる。良い勉強になった。ツインエアエンジンのドンドコっぷりがたまらないとか、80年代ベンツの緩いボディこそ至高なんて言っているヘンタイだって、「道具としてはたいへん優秀ですね」と言わざるを得ないだろう。ヤリスにはそれだけの底力がある。
「すっきり硬いボディに過不足ない動力性能と制動能力、直進が楽なステアリング機構、ストレスのない運転姿勢など基本中の基本項目なのだとシレッと伝えてくる。」これ欧州車はやってるんだろうけど、TOYOTAにこれをやられるとイニシャル&ランニングコストで欧州車は勝ち目無いですね、ここが甘いのが国産コンパクトの総じての弱味だから欧州コンパクトが日本市場に付け入る隙だと思ってたもので。
いやまったくそのとおりなんですよ!特に旋回=ステアリング機構の優秀というか、味わいは欧州車が図抜けて良いと思っていましたが、「味わいなどいらぬ!正確性こそ道具の命!」と見栄を切られると何も言い返せません。すっきり硬いボディも欧州車の独壇場じゃ無くなってきましたし、運転姿勢は逆に最初から勝負にならないとなると、ヤリスに対向できるBセグ欧州車って無いのでは……?左ハンドル+5/6MTを入れてくれれば逆にヤリスじゃ物足りないってことになると思うんですが。でもGRがいるし。
多分トランスミッションもプログラム等ブラッシュアップしてそうですね~。FITやMAZDA2にもなにかアドバンテージがありそうです。そしてGRヤリスをキッチリ仕立ててブランドイメージ向上と、ヤリスの販売台数を少しでも上乗せするTOYOTAの抜かりなさ!左ハンドルのMT欧州車も良いですが、彼岸の我々はどうせならヤリス競技仕様(カップレース用でロールバーキッチリ付きます、ホイール鉄チン、ダッシュボード最初から穴開き、フロアマットは取り付け部の逃げあり、オーディオ取り付け基本不可など)まで飛ぶのは如何でしょうw。
TRDからこんなのが出てたんですね……。実はこのレンタル期間中にライヴのお仕事があって、機材をがっつり積む機会がありました。いやはやラクチン!ロードスターならパズルのごとく積む順番から考えなければならないのに、とりあえずホイホイ乗せて行けば良いのは本当に楽でした。結論。ヤリスは純エンジン車/6MTの下層モデルを足グルマとして使い倒すのが正解!せいぜいホイールとタイヤでドレスアップする程度……ではないかと思います。さもないと1.5Lの国産Bセグにその金額??というパラドクスに陥るような気がします。ヤマベ兄ぃみたいにGRを山道でしごきまくるんなら違う価値観、価格感で考えられるかも、ですが。
これのハイブリッド四駆仕様を会社の営業車として使ってましたけど今でもこれはよかったですねえ。
「走行性・制動性・機能性」という点にくわえてHV車の特権「燃費・白物家電」もしっかり備えてますし。
仰るとおり、装備も電制アシスト装備も十分なくらいです。上級グレードだとさらにシートヒーターやら快適装備もついてたと思います。
ただLTAの機能が解除できな(できても勝手に復帰する)かったりと介入が邪魔だったり、シートのホールド性があれなんで社外のアームレストでも置かないと3時間をこえるような長時間の運転は疲れました。個人的に。歳とっただけか。w
まー、これまでの国産ファミリーカー的なステアリングの応答性があいまいだったりサスペンションがふにゃふにゃだったりな感がなくシンクロ性も足も程よい硬さで最近のトヨタはノーマル車でも十分楽しい。
あ、ちなみにDの営業さんいわく「諸般の都合(品質ゲート案件)によりオーダー停止中です!」で現在は新車で買えませんとのこと。
てか、「クルマで行きます」ブログでのトヨタ車絶賛エントリーはかなり稀有なものかと拝察しております。マンマミーア。
>>ステアリングの応答性があいまいだったりサスペンションがふにゃふにゃだったりな感がなくシンクロ性も足も程よい硬さ
そうなんです!まさにそこ。てか「正確なステアリング応答性、程よい硬さのサス一式」は当然備えていてほしいところです。で、Bセグレベルの下層グレードでは「エンジン出力のリニアリティ、制動能力の順当性」がやや犠牲になっていると思います。要はもっとガッ!と加速してキュッと停ってほしいんですが、そういうのに驚いちゃう購買層がメイン顧客なんでしょうね。そこはもうメーカーの矜恃として、コンプレイン覚悟でそういう方向に軌道修正してほしいんですが、ま、そりゃ無理でしょう。
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確かにトヨタ車を(ほぼ)手放しで褒めているエントリーは長年運営してきて初めてかもしれませんが、「良いものは良いと言う態度」の表れとご理解いただければこれ幸い(笑)。