試乗記・アルピナ B3 ビターボ – オレの人生には遅過ぎた

「終のクルマ」という言葉がある。散々クルマ遍歴を重ねてきた猛者が、人生最後に乗っていたいと思うクルマのことだ。それは車両価格とは関係ないようだ。ナローポルシェをその1台と定める人もいるし、NAロードスターの人もいる。言い換えれば「オレの1台」ということだろう。MotiさんのB3 ビターボの助手席に同乗試乗中、運転していたじゅんすかさんは「これは、終のクルマですね!」と高らかに断定した。後部座席に座っていたオーナーMotiさんも「そう思います」と言った。助手席に座っている筆者もそう思った。B3 ビターボはそれほどに素晴らしいクルマだった。つまり欧州車を好む人間にとっての共通認識的な、ある種の「理想形」だった。

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試乗時の衝撃のせいでピンで写した画像がない。
すみません

2024年10月下旬、宇都宮。恒例Profumo姐さん愛車買い替えお披露目オフ会。加えてアルファロメオ 4C乗りのじゅんすかさんの普段の足グルマもお披露目された。オフ会全体のレポートとそれぞれの試乗記は以下のとおり。

ダブルでお披露目!宇都宮の狂った半日
試乗記・日産 マーチ1.5 nismo S – 透明な高性能
試乗記・アルファロメオ 4C Italia Spider – 器に入りきらない

オフ会の参加者に南関東在住のMotiさんもいた。Motiさんは毎年5月の山形オフ会に必ず参加してくださるし、ご本人の東北ひとりツーリングで仙台にお立ち寄りいただいた際にホームグラウンドのショートワインディングをいっしょに走ったこともある。だがB3を運転させていただいことがない。「今度ぜひ運転させてください」「ぜひぜひ!」というやり取りが何度かあった。なのにいざとなると筆者が遠慮するというか、なぞの引け目で強くお願いできないというか。「乗ってみませんか?って声掛けてくれればホイホイ乗るんだけどな……」と、まるで中学生のような自意識過剰遠慮で機会を悉く見送ってきた。AHOである。今回はじゅんすかさんが「運転させてください!」と切り込んでいるのを聞きつけ、まずは助手席同乗試乗を申し出たのだった。

ALPINA B3 BITURBOとND5RCロードスター

で、冒頭に書いたとおりである。このブログの読者に今さらアルピナとは?を字数を割いて説明する必要はないだろう。必要なら各自でお調べいただきたい。本機はBMWの形式番号で言えば(多分)E90系、クーペだからE92ということになるのか。元になっているE92に乗ったことがないのでどれほどアルピナが改変したのかまったくわからないが、1台の自動車と思って対峙すればB3 ビターボの実像ははっきり見えてくる。その実像の言語化時も体験者によるブレなどなく、その時乗っていた3人の意見は全て一致していた。それほどB3 ビターボの実像は立体的かつ濃厚で、誤解しようがないものだった。こういうのを「乗ればわかる!」というのだろう。

3.0L 直列6気筒ガソリンエンジン+ツインターボ
6AT

前述したとおりまず助手席に座っての同乗試乗。走り出してまず最初に感じたのはボディの硬さ。と言っても溶接ポイント増し増し、接着剤大盛りのようなレースやラリーを見据えた剛直さではなく、クルマ全体の重さとペアになった塊感だった。細かく言うとフロントのエンジンで発生したエネルギーを不必要にボディやシャシーで吸収したりしない、全て後輪に流し込んでやる!という決意みたいなものだ。だから加速がやたらと濃い。2-30km/hでこんな力感なら、いったいどこまで加速し続けるのか?とギョッとするというか、わくわくするというか。決意は足周りの動きからも気取られる。いや、ボディの硬さよりもこの足のセッティングの方こそがその決意には重要なのだろう。どんな速度域でも4輪が路面を掴んで離さない。

旋回動作に入っても動作に段などは一切無く、横で見ているハンドル操作の分量と鼻先が方向を変える量に齟齬が無い。加速にしても旋回にしても、加速能力の上限が見えないほどだから、速度の絶対数値よりもその速度に到達するまでのトルク感を楽しみたくなる。旋回動作の描写が濃いので、運転手は感度を上げて旋回動作を高解像度で味わいたくなる。後で自分で運転する時間もいただいたが、制動能力も車重に負けないキャパシティをビンビンに伝えてきて、それがリニアリティと共に実行される。Aペダルもハンドルも重い。返ってその方があらゆる挙動をじっくり味わえる。「精緻」としか言いようのない直6の廻り方や、ペダルの反力まで計算づくなのだ。

一般公道の法定速度範囲での加速と旋回を操縦しているじゅんすかさんなど、何か入力をするたびに「うわわわわわ!こりゃすごい!」と大喜びだ。国道を少し南下したあたりで件の「これは終のクルマですね」とい台詞が出た。筆者も隣で「ですなぁ」とつぶやかずにいられなかった。

つまり本気を出したらすごいことになる!……のはよくわかるけど、これだけ各動作の描写力が高いなら、限界を刹那的に味わうよりも「過程」をたっぷり味わいたくなる。それに気が付くとアルピナというブランドの、これがクルマ造り哲学なのかと得心することになる。上限値や過程に多少の差はあれど、アルピナのクルマはどれを買ってもきっと同じだろう。それを「え?なにそれ。ツマラン」と思う人は自分にとっての理想のクルマの実像が掴めていない人だろうから、もっと色々なクルマを血肉にしてから乗ってみると良い。「これぞクラフトマンシップとフィロソフィ!」とムネアツになるならぜひ試乗だけでもしてみるべきだ。なにしろこの鈍感な筆者が助手席にのんびり座っているだけでここまで冗長な感想文を書けるほど、その体験は濃厚なのだから。

助手席で盛り上がりつつ、ぼんやりと自分はアルピナを終のクルマに選ぶだろうかと考えていた。くどくなるがもう一度書くと、アルピナ B3 ビターボは高い上限値の間際をひりひりしながら運転するクルマではない。そういうこともできるだろうが、そこが本懐ではない。今自分が求める最大の上限値、そこに至るまでの過程を味わうクルマなのだ。一般道を50km/hで走るなら青信号から50km/hに達するまでの描写を、高速道路ならICのゲートから100km/hに到達するまでの描写を、ひたすらじっくり味わえば良い。旋回も制動も同じように高解像度描写で伝えてきてくれる。今回我々が言う「終のクルマ」の正体は、限界挙動という「能力と結果」よりも、高い限界値を背景に生まれる「余裕と過程」を味わうクルマなのだ。それは愛車の限界挙動を試すのはさんざんやったという高い経験値があってこそ旨味が増す。

と言うことは、だ。愛車の限界挙動の追求行為をやり尽くしていない筆者には、アルピナはまだ早いということになる。仮にB3 ビターボを手に入れたとしても、「んで?本当に本当の限界はどれほどなんだ?」と卑近な欲望に勝てず、ストライクゾーンを外した運転を重ねる可能性が高い。それならアルピナである必要がない。筆者はもっと、例えば曉号の限界挙動を体感しておくべきなのだ。はいはい、横ッ滑りギリギリの挙動を如何に制御するか、ね。さんざんやりました(笑)などと言えるようになって初めてアルピナ所有の承認が降りてくるのだ。だが筆者の56歳という年齢を考えると、もうその能力を血肉にするには遅過ぎる。アルピナ B3 ビターボ。これほどのベテランクルマ好きの安寧を提供してくれるクルマと出会っておきながら、その楽しみを享受するにはもう遅いのだ。そのことを心のどこかで気付いていたからこそ、気軽に試乗をお願いできなかったのだろう。絵に描いた餅ではなく、現実のプロダクトとしてそれはあった。だが、その出会いはオレの人生には遅過ぎた。無念。

7件のコメント

  • いやー、只々良かったです(笑)!上手く言えないけどクルマに「浸る」、感覚でした。Moty様ありがとうございました!ワインディングは本来のステージではないでしょうが、せわしい操作をしても、神経質でもなくダルくもない「快」な挙動がたまらんです。個人的にBMWのコンプリートカーは基本サーキットにベクトルが向いていると思っていましたが、ALPINAは「大人の持ち物」ですね。未だにM2乗りてー!とか思ってる自分は所有する資格は無さそうです(笑)。車内でも話しましたが、C3でまったり始め(途中は何やらかしても)ALPINAでしっとり終わるカーライフは贅沢過ぎ?

    • 浸るは至言ですね!アルファの、例えば156とか4Cは「淫する」と表現したくなりますが、ドイツ系の、特にアルピナには似合わない言葉です。やはり根本的に理論的に組み立てられているのでしょう。
      ____
      >未だにM2乗りてー!とか思ってる自分は所有する資格は無さそうです(笑)。
      わはははは。じゅんすかさん正直すぎる!4C乗っててM2の名前が出てくるあたりが貪欲ですねー。でもこのあたりの凄みと楽しさがわからないと、アルピナの正しい評価が難しくなると思います。4CやM2に言うにはあまりにも失礼ですが、「手っ取り早く曲がる」とか「手っ取り早く速く走る」楽しみを味わい尽くした人がアルピナのコクピットでにやりとできると思うんです。
      ____
      アルピナを理解するためには、自動車遍歴の最初は何でも良いけど、いわゆる「高性能」をひととおり味わうことは必須じゃないですかね。だから遍歴車は多国籍なのが重要だと思います。ドイツ車だけ乗り継いでもアルピナの凄みはよくわかんないんじゃないかなぁ。

    • 「Moty様→Moti様」失礼しました!

    • じゅんすか様
      サーキットへのベクトルは、Mモデルがその役目をしているかと思います。
      回転数によるドラマチックな音の変化や、シートに押しつけられる感じは少ないです。
      見知らぬ人を助手席に乗せて、速そうな車と感じさせられるのは、Mモデルかと思います。

      一方ALPINAは、一般公道をメインベクトルとして設計されているとのこと。
      助手席に乗っていて、あまり速くないなと思いメータをみると焦ることがあります。
      この辺りからも、一般公道を速く安定的に走行するのを目指しているのかなと。
      うまく棲み分けられていると思います。
      因みに連続周回は無理かもしれませんが、ALPNAでもサーキット走行は可能ですよ。

      4C–>M2–>ALPINAでいかがでしょうか 笑

      なお、自身には少し早すぎたかもしれません。
      まだ大人になりきれておらず、右足の踏み込み量により注意をはらわねばなりません 汗

      • やはりサーキットも視野に入れてますか、間違いなくサーキットでセッティングしてそうですもんね!ワインディング楽しかったです!ぜひまたの邂逅を! 

  • acatsuki様、試乗記ありがとうございます。
    実はどのようなコメントをいただけるか内心ドキドキでした。

    参考ですがALPNAパーツリストによると、
    E92 B3で追加ボディー補強パーツの記載はないようです。
    (きっとオリジナルBMWのボディ剛性が高いものと思われます)

    個人的にALPINA車は職人が使用する道具をイメージしています。
    例えば100均やホームセンタで購入した物とできることは同じ。
    だけど、専門の方が作成した包丁だと、
    余計な力を入れずとも意図通りにすっと切ることができる。
    さらにメンテすれば長くも利用できる感じでしょうか。
    (表現力が乏しく申し訳ありません、噛めば噛むほど味が出るスルメで例えた方が伝わるかな?)

    ターボラグ、ブレーキの立ち上がり量や、風きり音等を意識せず、
    ドライバーが思い描いた通りに動かせる。
    通りに動かせるからこそ、旅車としては
    長距離を走ることも厭わないかなと思います。
    ききかじった話ですが、特に耐久レースのレーシングカーは
    実は非常に乗りやすいと聞いたことがあります。
    ALPINAはレースカー経験もあるため、
    この辺りのノウハウも詰め込まれているものと思います。

    この特性のため、旅車としては最適で、
    色々な道を色々なパターンで走りたくなります。
    引き続きALPINA専用部品が壊れないことを祈りながら、
    走行距離が伸びていくと思います 汗

    ちなみにロードスターで限界界隈を探って頂いてからでも、
    決して遅くはないかと思いますよ。
    (ALPINAオーナーの年齢層は結構高いとのこと)

    • (アルピナに限らず)ハイエンド製品って相応しくない人が持ってても「持たされている/使わされている」ムードが漂ってしまうと思うのです。じゅんすかさんの次にオレも運転させてもらいましたが、ずぅっとそういう感覚がありました。
      ____
      1台のクルマとして感想を書く時、車重が重いことを隠そうとしないってのもあると思います。ハンドルやペダル類の反力も、加速の描写過程にしても、「あ、このクルマ重いんだな」と常に問わず語りで教えてくれるというか……。だからこそ旋回の俊敏性や制動のリニアリティに感動するんですが、この「重くないとこういう印象になりません」とはっきり伝えてくる感じは昨今貴重だと思います。電子制御の重畳がまだ無いことも楽しいですが、重さの価値を教えてくれる=軽さと最高速度命!な人はおもろないよとやんわり断ってくるあたりがすげえと思っておりました。

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