【超短評】三菱 ekスポーツ・悪くない

バトラー君(159)スパークプラグ交換にあたり、代車をお願いし宛てがわれたのは三菱 ekスポーツという軽自動車だった。受け取って自宅へ戻る道中では、EPS(パワーステアリング)の、特に中立周辺のあまりの不感症具合に暗澹たる気持ちになったのだが、翌日以降「まぁそんなもんか」と腹を括って乗り始めてからは、印象がぐんぐん良くなって自分自身が驚いた。試乗記を書くつもりで街中の往復に乗ったその日の夕方に、電撃的早さでバトラー君が退院してきた。従ってあまり突っ込んだことが書けないのだが、軽自動車に乗って「悪くない」と思うことなど稀なので、書けることは書いておきたい。

三菱 ekスポーツ(当該車車検証による)
総走行距離174,152km(借用期間中約50km走行)
初年度登録 平成15年(2003年)
形式 UA-H81W
原動機の形式 3G83
排気量 0.65L(ガソリン)
車両総重量1,040kg(前軸重520kg 後軸重300kg 車両重量820kg)
全長 339cm
全幅 147cm
全高 155cm

軽自動車の辞書みたいなサイトを見つけた。
シン・軽自動車マニア
【初代・前期型】三菱 eKスポーツ (H81W型)

ekスポーツというクルマの成り立ちは上記リンク先を読んでいただくのが最も分かりやすい。今回の車両は3G83型3気筒DOHC自然吸気エンジンの方。

さて個体の印象を書く。外装・内装のヤレや傷、錆びについては17万kmオーバーの中古車のあれこれを言ってもどうしようもないので省略する。

○着座環境
前席はベンチシート。そのことを以て「どうせまともに座れまい」と断ずるのは早計だった。確かにシートそのものは座面も背面もアンコは最小限でホールド?なにそれ?うまいの?なシロモノではある。しかしそもそもekスポーツはどんなに速度を出してもせいぜい60km/hなので、大いに困るというわけでもない。また怪我の功名として、ハンドルセンターと運転手の身体軸はどうにでも微調整のうえ合わせられるという恩恵(?)もある。で、実際そうやってセンターを合わせると、意外や意外、ペダルオフセットもそれほど酷くない。へぇぇえ、とマヌケな感心の仕方をしてしまった。このベンチシートの最大の瑕疵は、はね上げ式のひじ掛けが内蔵されていること。ただでさえ運転に興味の無い人が乗るだろう車で、片手ハンドルを誘発してはいけない。

センターコンソール最上部に置かれたメータークラスタも感心しない。「スポーツ」を車名に持つからか、タコメーターを備えていて、NAらしい回転数の上下を確認することくらいはできるけれど。

車両設計時の瑕疵かどうか判じ兼ねるが、コラムシフトのレバーの動きもよろしくない。各段の節度感が希薄で、PからDへ入れる際、ほぼ確実にD4(通常のDポジション)を通り過ぎてD3へ入ってしまう。個体のヤレの範囲ならここは目をつぶるが、毎度イライラした。

運転環境についての印象をまとめると、どうしても指摘しておきたいのはベンチシートのひじ掛け。グレードによってはレカロシートを純正搭載したものもあった(!)ようなので、NAバージョンはたいしてスピードも出せないからベンチシートで女子供を取り込むか……という邪な販売方針が伺え、その要素が健全な運転姿勢を意識外で阻害するものになっているところがいやらしい。一方では市街地走行でタコメーターもへったくれもないし、軽いEPSも運転手がアジャストすれば何とかなる。シフトレバーの曖昧な動きも目をつぶる。ekスポーツの運転環境は、きちんと意識さえすれば最低限の健康な運転姿勢がとれることがむしろトピックで、実はこの一点だけでずいぶん車両の印象は好転した。アップライトな着座姿勢は治りかけのぎっくり腰に優しかったという個人的な事情もある。これはこれであり、な運転環境と言える。

これは受け取って帰宅した時に撮影した画像。
2-3kmしか走ってないのに、
ここまで壁に寄せることができる。
こういうのが見切りが良いっていうのよ

○動的性能
NA、4ATの軽自動車の加速である。だから加速は体感上速いか遅いかで言えば遅い。だが自然吸気のおかげかAペダルの踏み込みとエンジン回転数がちゃんとシンクロしている実感があり、回転上昇は遅いなりにリニアリティもある。だから一旦希望の速度に上げてしまえば維持や微妙な増減が楽。もちろんそれは市街地走行で60km/hあたりまでの速度域での話なのだが、ベンチシートのゼロホールド機能と併せて考えれば、それ以上の速度域にほいほい持って行ける方が怖い。絶対性能よりもコントローラブルなことを褒めるべきだろう。

○旋回性能
EPS動作は非常に手応えが軽く、特に中立付近、ピザで言えば2ピース分、センター左右が特にスカスカ。街中走行や発進・駐車時の切り返しではあまり表面に出てこないが、例えば3車線の広い道路の車線変更などは少々不安になる場面があるんじゃないかと想像する。反面、最初から最後までアシスト量は破綻していない。背が高いボディではあるが(でも実は1,550mm)市街地走行程度の速度域では足周りがぐらりと来たりもしない。そう、ロール量の増減も極めて自然で不安を抱くことがない。逆に旋回動作で運転手が不安を覚える場面があるとしたら、「あんたスピード出しすぎだよ」ということだろう。そうならないように運転しようという気に、自然となる旋回動作だ。

○制動性能
これも限定的な速度域での話だが、あたりまえにリニアな制動曲線。制動力が足りないAT車の場合、50m先の赤信号に向かって制動をかけつつシフトポジションをニュートラルに入れて帳尻を合わせることが筆者には時々あるが、ekスポーツの場合はそんな必要がない。希望通りのタイミングでBペダルを踏み込み、望む制動力に達したところで踏力を維持していれば、ほとんどの場合止まりたいラインで止めることができる。むしろいたずらにニュートラルに入れたりしない方が良かった。地味だが癇に障らないブレーキだ。

○総評
悪くないじゃないですか。絶対値としては遅いけど、Aペダルとエンジン出力が素直に一致している加速動作。軽過ぎるパワステに運転手がアジャストさえしてしまえば、一筆書きのごときラインを描ける旋回動作。きちんと動作予測さえできればニュートラルな効き具合で止めることができる制動動作。これなら運転手だけでなく、同乗者にもストレスがない。同居の老母が「買い物に行くの?ちょっと郵便局まで乗せてくれない?」なんて場面にぴったりという気がする。実際ここまでの検分結果はそういう場面で得られたフィードバックを元に書いている。筆者は軽自動車という工業製品を軽蔑に近い思いで認識している(ジムニーとかコペンとか一連の軽トラックなどの例外はある)。しかし22年落ち、17万kmの過走行軽自動車であるek スポーツには素直に感心した。これはおそらく自然吸気エンジン+4ATという落とし所が吉と出ているのだろう。一方でベンチシートは勘弁してくれよ案件だが、おかげでドラポジが健康的に設定できるとしたら痛し痒しである。でもひじ掛けが付いているなど、やっぱりよろしいものだとは思えない。

つまり安グレードのekスポーツは「ベンチシートという見逃せない瑕疵はあるが、限定的速度域でならストレス無い運転ができる佳作」と言える。これ、新車時は車両本体価格100万円を切っていたらしいので、安い税金と絡めると、購入を止める強い理由が見つからないという話になる。少なくとも「あぁ、またあいつに乗るのか」と思わなくてすむ軽自動車を三菱自動車が作ったという事実は認めなければなるまい。

○余談
ekスポーツ返却時にファンファクトリーのKさんに「ekスポーツ、悪くなかったですよ」と生意気にも言ってみたところ、Kさん、「あのエンジン、ホントに壊れないんですよ」と即座に回答。シール周りなどの消耗品交換さえ怠らなければ、いつまでも壊れないという。事実まだまだあの年代のがその辺いっぱい走ってますしね、と。詳細は裏取りしていないが、2000年頃と言えばランエボが3か4あたり。あの辺のノウハウが軽自動車部門にも降りてきていたんじゃないスかね、とも。だが次世代で日産とのアライアンスが成立してしまい、ekシリーズもグダグダになったらしい。実はekスポーツが中々の佳作であることがわかって、「デリカD:5も良いって話だし、D:2はどうなんだ?ちょっと乗ってみたい」と思い始めていたのだ。自分でもびっくりだ。もっとも現行D:2はスズキ ソリオのバッヂエンジニアリングとのことで、出来はそれなりという。筆者は三菱自動車や三菱ふそうの一連の不祥事をしつこく覚えていて、両社は人の命を預かる製品を造るには相応しくないと思っている。結果だけ見ろよと言われればぐうの音も出ないし、ekスポーツは憎からぬ1台ではあった。だがそれが特異点ではないか?という疑念が常にある。

15件のコメント

  • スゲー!今ekスポーツをここまで書けるのはa様しかいないのでは?ベンチシートとパワステは?ですが、見切りの良いコンパクトなボディに走りもクルマ好きを納得させるレベル!しかも「100万円前後という、世界的に見てもチープな部類に入るであろう車が、こき使われても無故障で17万キロ以上走る。」この厳然たる事実はやはり「日本自動車産業恐るべし。」

    • ベンチシートも軽過ぎるパワステも、これを本気で否定しちゃうとBセグメントあたりまで含めてダメ出し車が続出するような気がします。例えば以前印象記を書いたヴィッツの3代目のパワステは中立付近の動作と回していった先の動きに連続性が無いんです。あれは酷い(今まさに苦しんでる人がいるみたいですが(笑))。ダメはダメだけど、せめて連続性がちゃんとあって、それなら運転手が合わせてやることでなんとかなることの方を褒めてあげたい。取り立てて運転好きでもない人が乗るに当たって、最低限辻褄があってるだけでもekスポーツはがんばってると思います。で、これは日本車全体の話じゃなく、ekスポーツ、3G83ってエンジンがずば抜けて良いってことじゃないですかねぇ。耐久性だけで言ったらボルボ 240とか30万km走ってポート研摩しなおしてからが本番みたいな話もありますし(笑)。

  • うわ、思っていたよりもたくさん書いてあった(笑)。お見事でございます。
    今日代車で11.7万キロ走ってるVitsをお借りしたんですけどね、なんも書く気になれません、はい(爆)。

    • Vitsですか!初代から甘口過ぎるサスが常に「積極的にオススメです、と言えない。」らしいのですが如何でしたか?

      • じゅんすかさま
        ワタクシ特異体質なのか「サスが硬い」ってのがよくわからないのですが(笑)、柔らかいと運転してても車酔いします。が、こいつはしないのですよー。RSグレードだからですかね。
        でもacatsukiさんが書いている通り、パワステゆるゆるな上にステアリングを切った分だけ曲がってくれないし、アクセルどんだけ踏んでも加速しないし(初動は割と行くのに)、ブレーキが効かない感じで怖いし、ってことでまぁ安全運転になりますね。高速道路走ったはずなのに印象がまったくない。
        4C預けに行って、帰りがヴィッツRSですから、余計にありゃ?と思ったのかもですが、80点主義?はぁ?って感じでした。やっぱ求めるところが違いすぎるんだろうなぁ。

        • >>アクセルどんだけ踏んでも加速しないし(初動は割と行くのに)
          これね、トヨタの「ユーザーをバカにしてるあるある」ですよ。かつてカリーナで「足のイイヤツ」って言ってたのと同じ。元気良いのは最初だけで、あとはどんどん伸びなくなる目くらましチューニング。客を舐めてますよね。結局お客様のためと称して身体生理にそぐわないチューニングを忍び込ませるから、アクアやプリウスのアクセルとブレーキの踏み間違いが多発するわけですよ。トヨタ車は全部プロボックスを見習えってんですよ。

    • ヴィッツも初代は佳作だったらしいですよ(笑)。姐さんはじめこのブログを読んでいるような方々がヴィッツに対して言葉が出てこないのは、ヴィッツが「80点主義を代表するようなトヨタ車だから」だと思いまっす!

  • ekシリーズが良いのは訳がありまして、三菱自動車がやらかした後ダイムラークライスラーに救済されて初めて発売された車で、
    ダイムラー由来のクオリティゲートに準拠して作られています。この後に出た三菱コルトも代車で運転してみてなかなか良い車だと思いました。206SWS16を所有していた頃、ekワゴンをセカンドカーにしていましたが、ノンターボ車なので「モアパワー!」と叫びながら、太白山の脇を通勤していました。

    • >>三菱自動車がやらかした後ダイムラークライスラーに救済されて
      なんと!知らなかった……、いや、うっすら覚えているような……。あの頃は三菱のディーラーが次々閉店していって「悪いことしたんだから天罰だけど、働いていた人たちはかわいそうだなぁ」と思った……ところで思考停止してました!そうか、ダイムラーが入ったのか。ekシリーズのエンジンは話を聴くだに部品の肉厚がありそうな印象となり、ドイツ車とかボルボ車っぽいなと思っておりました。

      コルトも褒める人が多かったですねぇ。コルトプラスの時は静かでしたが(笑)。ランエボの技術云々は「そうだったらいいのにな」的なマボロシなのかもしれませんね(笑)。206SWS16、何もかもみな懐かしい……

  • 元ekアクティブ(H81W)オーナー笑として興味深い記事でした。短い間乗っただけでこれだけの記事を書けるなんて凄い!一方で書かせたみたいで申し訳ありません…

    ターボだとまた印象変わるかもですが、ベンチシート、コラムシフト、センターメーター(当時は視線移動が少なく疲れにくい、と謎理論で沢山の国産車が採用されてましたね…)等、同感覚でした。

    また私も当時面倒診てもらってたディーラーに3G83は頑丈なのでまず壊れませんよ、と良く言われてました。実際、車に無頓着な息子が5年程乗っていたのですが、ラジエーターのトラブルで冷却水がほぼ空っぽになってた状態のまま2〜3日乗り回した事がありました。修理時、エンジン諦めてたのですが、まったく歪みや損傷も無い、との事でラジエーター交換だけで完了した事がありました。

    あ、そうそうあのアームレストは肘を置くものではなく、左コーナーや交差点左折する時に掴まるものです笑。
    ロールめっちゃするのでw

    • きっとNomuraさんがいろいろ加筆してくださると思っておりました(笑)!あのひじ掛けに捉まるほどのロール量ということは、けっこうなゴニョゴニョ(笑)。

      センターメーターが視線移動少ないってのはどういう根拠なのかなぁ。日本ではクライスラー名義のイプシロンがやっぱりセンターメーターで、試乗した時すげえ違和感がありました。並行輸入のデルタ(こっちは並行だからランチアブランド)もやっぱり同じで、どうもヘンなことになってきたなと思ったものです。ちなみに思い出して今BMW MINIの公式サイトを見てみましたが、こいつらは相変わらずセンターメーター、しかもハンドル中心とほぼ同じ高さですね。しかも姑息なことにHUD付けてるみたい(笑)。どっちつかずなことです。

      • センターメーター
        視線移動が少ない、と言うのはたしか焦点距離の話だったと記憶してます。運転中は前方を全体的に遠目の焦点で見てる→メーター見ようとするといきなり近い所を見なきゃ行け無い、これを緩和出来るのがセンターメーター、みたいな理論だったような。

        ソアラ2代目が鏡に反射させて投影するデジタルメーターになったのも鏡像が遠くの方に映るので焦点距離の移動が少なくドライバーの目が疲れにくい、と聞いた記憶

        • もしそれが本当ならHUDがもっと標準装備になっても良いと思うんですが……。老人(自分)の懐古趣味かもしれませんが、2眼式アナログメーターで100年問題なかったんだから、それで良いじゃないかと思います。

  • 確かに。焦点移動の問題だったら今の液晶メーター車は?ってなりますよね。まぁ私の車は数字がデカく映るので焦点が多少変わっても良く見えますw

    • 技術的な試行錯誤ってのは必要だと思うので、センターメーター方式も試行錯誤の一例と考えればあまり腹も立ちません。選択肢として残る分にはそれはそれでありかもしれませんし。で、そうそう。焦点距離とか見やすい見にくいの話なら、でっかく表示しろよと思うんです。それで万事解決じゃん的な(笑)。

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