試乗記・アウディ TTSクーペ 並行世界の快楽マシン/袖振れ合うも多生の縁

2024年5月25日の拙ブログ主催オフ会にて、参加いただいた方の愛車を何台か運転させていただく僥倖を得た。1台ずつ印象記を書いてみる。もちろんプロの自動車評論家のそれには遠く及ばないが、読者の思考整理の助けくらいにはなるかもしれない。今回はノムラさんのアウディ TTSクーペである。

■縁なき衆生
イタフラ車の場合、少し前までは最廉価グレードこそが一番味が良いと言われたものだが、ドイツブランドのクルマにそういう話は聞いたことがない。同じ車種なら上級グレードの方が乗り味も良いのがドイツ車(ついでに日本車)。やっぱりそこはドイツ人の積分思考、理詰め理詰めが心地良いのかもしれない。筆者にはドイツ車の試乗検分の機会がほぼないので、これが思い込みと言う可能性は高い。だが事の真相はともかく、一連のポルシェ製品の試乗を経て、理路積み上げ式のエモーションというのも確かにあるとわかった。同じ山の頂上に違う登山道で登るだけの話なのかもしれない。筆者にとってのその頂上、理想とするクルマとのコミュニケーションの有り様とは「足りないところはオレが補ってやるからウソつくな」である。別に全方位的に優れている必要はなく、不得意な項目があればそれは運転手の技量で補完して、結果的に一体感を得られれば良いというもの。だがこの思想を是とすると、理詰めで全方位的に性能を上げて行くドイツ車とはつき合い方がわからないとも思う。本TTSオーナーのノムラさんは前述オフ会のために仙台に前泊し、前夜祭と称した呑み会にも参加してくださった。その席で「今回はTTで来たんですよ!ぜひ運転してもらって感想聞かせてください」と嬉しいことを言ってくださった。絶好の検証チャンス。果たして「技術による先進」は筆者にとっての「縁なき衆生」なのだろうか。それとも新たな快楽チャンネルの発見なのだろうか。

■走り出す前にわかってしまう
試乗個体の年式や新車購入か中古購入かは確認するのを忘れていたのでよくわからない。「7年で3万km走ってない」と聞いたので、それをヒントに推測すればTTSグレードの割と初期型と言える。とすればトランスミッションは6ATでホイールは18インチ。繰り返すが未確認である。乗り込んでまず実感するのは外皮の硬さである。どこがというわけでなく全体が硬い。室内もあれこれ装飾はなく黒基調で余計な刺激を避けているように思う。後述する機動性能と合わせると実はここまでスパルタンにしなくても……とすら思ったほどだ。まぁそれはクルマを降りてこうやって印象をテキストにまとめようとしてからの感想だが。意地悪い目で試してみたのが電動シートの作動具合。シート脇のスイッチに触れるやいなや即座にウィーンと動く。スイッチに遊びがほぼない。これは高級車の証のひとつである。ここまでに体感できるボディの硬さと電動シートの動作だけでも「良いクルマ」感が盛り上がる。いや、これ、いいわ。

■走り出さないとわからないこと
運転モード、車両セッティングにはいくつかの選択肢があるが、ひとまずあまり激しくないモードで走り出す。まずはメインの試乗路K53に合流すべく大きく左右に蛇行するキツめの上り坂をしずしずと上がって行く。ここで早くも驚いた。ものすごく見切りが良い。RHDのコクピットからの眺めは、語弊を恐れずに言えばMiToやプントエヴォ、いわゆるBセグメント実用車と大きく変わらない。走り出して1分もかからずに左前輪位置を把握できる。こりゃすごい。300psに届こうかという動力性能のスペシャリティカーである。この車体把握の容易さのアドバンテージは計り知れない。実際試乗後半では山形市内のごく普通の路地走行やR13の2車線またぎ合流など行ったが、車両感覚由来の緊張は一切覚えなかった。

試乗コース前半のK53はあまり高低差がないライトワインディングで、続いて合流するK21はクネクネ曲がる生活道路を下る。「ギャン鳴きで攻める」のではなく、車列に紛れて下るシーケンス。この下りでエンジンブレーキを試そうとパドルシフトでシフトダウンを試みる。卒なくやってくれるが、ギアチェンジ動作は思ったほど速くない。あくまで筆者の主観だがタメがある。が、もちろんぎくしゃくする場面は皆無で、だんだんパドル操作に拘泥しなくなる。クルマに任せちまおうという気になってくる。もちろんブレーキ容量の心配なんて考えすらしない。平和そのものだ。

下り切ってR13に合流すべくK267を北上する。数少ない直線で前が空いたのでちょっとAペダルを煽ってみる。ここで初めてTTSの本性発露。簡単にシートバックに背中が押し付けられるが、身体に触れているクルマの各部所に過負荷がかかっている様子はゼロ。アウトバーンでドヤ顔するにはここまでやらんとダメなのか、と驚く。どんなクルマだってAペダルをベタ踏みすれば速度は出る。出ることは出る。だが旋回・制動の両性能がその速度域で正常に(あるいは余裕をもって)動作するか。「こいつなら大丈夫だろう」と確信できるクルマがどれくらいあるだろうか。TTSは間違いなくその1台である。

■本性出してきた
とは言え車両本体価格800万円にならんとするクルマである。そういう安心感があって当然だろうし、そもそも市街地を40-60km/hで走って「OK、大体わかった」とするのは失礼な話である。試乗コース後半は市街地から再び西蔵王公園に登って行く文字どおりのワインディングロードなのだが、ここで初めて本格的にAペダルを煽ってみた。いやもう別次元である。速度が、ではない。もちろん加速もだが、その安定ぶりが、だ。荷重移動とかなんとか、そんなことは一切考えなくて良い。ギアチェンジすら忘れて良い。ただ出したいだけ出してコーナーに放り込んでハンドルを切るだけで良い。間違いなくこの安定感にはクアトロ、すなわち4WDであることが効いている。速くても遅くてもロールをほとんど感じない。登りワインディングでのこの獰猛な平和感はちょっと体験した覚えがない。TTS試乗の直前に同じく4WDのGRヤリスヤマベ兄ぃ号で、「兄ぃ、若いね!」的な速度で登って行くのを助手席で味わったのだが、自分でハンドルを握り入力と結果の因果関係がストレートだからか、得られる安定感も一段上である。しかも助手席ではオーナー氏が「まだ行けますよ、まだまだ!」と煽ってくる。マジで?と踏み増すと、これがホントに曲がれるのだ。いやこれオカシイでしょ。物理の法則ってものがあったはずだが。

■並行世界の快楽マシン
実際にTTSの加速・旋回・制動を体験してしまうと、「でもさぁ、結局機械任せなだけじゃん」なんて口はきけない。なぜならどういう速度域でも「このクルマはオレが御している」という実感が確かに得られるからだ。マニュアルシフトをガチャガチャ操作して加速、その合間にステアリング操作を行い必要と判断すれば制動、そしてシフトダウン……。これらの行程は絶対的に楽しいが、速度域によっては逆にこれらの操作が足かせになって速度を縛ることにもなる。それこそが安全運転と無謀運転の閾値であり、早い話が自分の能力以上のことはするなというクルマからの警鐘でもある。アウディは硬いボディやキャパシティの大きなシャシーを用意してインフラを整え、様々な電子デバイスを駆使して閾値をグンと上げた。TTS初邂逅の印象は「え?オレこんなに運転うまかったの?」というイリュージョンであった。ただし幻ではなく、前述のインフラと電子デバイスでいつでも再現可能なイリュージョンである。だが冒頭に書いた筆者の理想とするクルマとのコミュニケーション術とは異なる道筋ではある。おそらくどういう道筋であれ、「バカッ速なこのクルマは、今オレが御している」という実感こそ筆者が重要視する要素なのだ。TTSは筆者の知らない道順でいきなりそこへ連れていってくれた。こういう道順があったのか。まるでもうひとつの別の世界、並行世界である。こっちの世界ではすべてが安楽のうちに頂上へ登り詰めることができる。冒頭に書いたとおり、こんなに安楽なのだから内装ももう少しラグジュアリなままで良かったんじゃないか……とすら思う。高い安いという視点から見れば、当然筆者が手を出せるクルマではない。TTSは縁の無いクルマである。だが普段の自分の思考とはまったく別の理路による快楽があることを、たった一度の試乗で教えてくれた。これはもう「袖が振れ合った」と思っていいだろう。いや思わせてくれ。袖振れ合うも多生の縁というではないか。来世で乗れるといいな。ノムラさん、ありがとうございました。

10件のコメント

  • こんばんは。
    自分も過去にNomuraさんのTTS試乗させてもらいましたが、まさに「自分ってこんなに運転上手いんだ」と勘違いさせてくれるクルマでしたw
    ちょっと乱暴に運転してもクルマは落ち着いているというか…
    そのあと当時のマイカーのDS3に乗った時に車が暴れる暴れるw

    • あれは仕方ないですよ、勘違いしてしまっても。みんながいかだで川を渡っているのを尻目に橋で目的地まで直行しちゃうようなもんですもん。そしてざわさんのクルマの試乗記をこれから書くんですが、両極端すぎて脳みそを一旦リセットしているところです(笑)。

  • 記事ありがとうございます!
    さすがacatsukiさん、タイトルが秀逸で感心しました。(決して上から目線ではないです)
    で、間違っていても別に気にしないのですが、車は中古車です。ヤナセアウディ芝浦本社ショールームに展示してあったものを廉価?で譲って頂いたもので、試乗や営業マンが客先に乗っていくのにも使っていたとか。したがって新車保証もついていた車でした。初期型だと思います。ホイールも18インチです(私にはこれで十分です。現行は安全面で若干ボディなどが改良されており、50kg重くなっています。また無印TTともギア比が違い若干クロスしており加速重視になっています。)
    イタフラ車を乗り続けたacatsukiさんからはもっと辛辣なコメントがあると期待?(笑)していたのですが、『縁なき衆生』ではなく新たな快楽世界への”チャクラ”が開眼したのかもしれません。パラレルワールドがある事を発見したのです笑。

    またDSGの変速速度に気が付くとはさすがです。友人がケイマンGT4に乗ってますが、PDKの変速速度と比べるとワンテンポ遅いです。最近発売されたゴルフRも試乗の機会があったのですが、やはりワンテンポ遅いので、これはVWグループにおけるDSGのデフォだと思っています。ポルシェから教えて貰えば良いのにw(さらにPDKはモード切替というより、ドライバーの運転の仕方から勝手に判断して変速タイミング等が変わるという優れモノでもあります。)

    同乗時にお話ししたように、『どのような速度域でもコーナーが来たら、ハンドル切れば曲がる』という車ですので、購入直後は自分の意のままに動く感じがして、それこそ”勘違い”からの『無謀』への領域に何度が踏み入ってしまっておりました。今では落ち着いて車に向き合う事が出来ていると思ってます。

    とっても楽ちん&安全かつ高速なドライブが可能なTTSは、一定のシーンで非常に気持ちが良く乗れて楽しい車です。がやはり普段乗りでは圧倒的にMTのDS3かな、と思う自分がいます。地図などを見て行ってみたいなぁと想いをはせる際、頭の中にはいつもDS3が浮かんでいるという・・・

    • この度はありがとうございました。そうなんです!パラレルワールドであります!「安全に速く走る」という結論に「自らのスキルを鍛え重畳させて到達する」のか「個人のスキルに負う部分は電子デバイスに肩代わりさせて素早く到達する」のか。こうなると哲学の違いとしか言いようがありませんが、後者の世界がここまでわかりやすく展開しているのはTTSが初めてです。718ボクスターでももしかしたらわかったのかもしれませんが、あちらはどうしたってスポーツカーのイメージ縛りがありますから、ここまでアッケラカンとはしてなかったのかもしれません。試乗コースも違いますしね。
      ____
      ツインクラッチトランスミッションの変速速度、及びショックの少なさはBMW Mディビジョンの製品が随一だそうです。これ、どこかのサプライヤーのツルシ機種らしいんですが、同じものをジャギュアーが積んでもMのより一瞬遅く、ショックも消し切れないらしく。いやーM5、乗ってみたいですわー。
      ___
      哲学が違うのだからあれこれ穴を探すよりも、「楽で速い!」を思いっきり享受するのが正解ですよね。もうひとり助手席に乗せて高速道路で400km先の温泉に行くとか、日程を決めずに九州を一周してくるとか。いいわー。

  • 718ケイマンGTS前オーナーから言わせていただくと、PDKの変速の速さは異常です(汗) 変速時のタコメーターの指針の速さもちょっとおかしいくらい速いです。あれと比べてはイケマセン。 MTに固執するわけではなく、ただ速さを求める方がいらっしゃるののであれば、718ケイマンのPDKをオススメします(苦笑)

    「あれこれ穴を探すよりも、「楽で速い!」を思いっきり享受する」、この表現良いですね〜

    • みいさんに表現を褒めていただけるとホッとします。ありがとうございます。そういやP姐さんのPDK触らせてもらった時「うん、速い速い。これくらい速くないとね!」と思ったのを思い出しました。結局パドルシフトって操作稼働量が少な過ぎるんですよね。DSGでもTCTでも、センターコンソールに腕を伸ばす→シフトノブをガチャッと動かす→変速……ならあの速度でぜんぜん気持ち良いと思うんです。でもハンドルを握ってた指を緩める→指先でパドルをかちりと引く……だけだと、それこそパドルを引いた直後に変速してくれないと「ん?タメがあるな……」と思っちゃう。人間の感覚とは思った以上に鋭敏なものですね。

  • acatsuki様
    OFF会、お疲れさまでした。
    様々なクルマのオーナーさんが集まられたようで、写真を拝見しただけで(勝手に)参加したような気もちになれました。(笑)
    私もドイツ車は自分で運転した経験はありませんが、拝読して、まるで自分で運転したかのような錯覚を覚えました。
    ずいぶんと前に、K店長が「アウディは製品に対して設定している出来上がり精度が(イタリア車と)比べものにならないぐらい高いんですよね~」という趣旨のことをお話しされていたのも思い出しました。
    しかし、来世にクルマがあるのかどうか、、、私はヒトに生まれ変わるのかどうか、ひょっとしたらUFOに乗っているのかも、、、とか、余計なことを考えてしまいました。(^^;
    変なコメントで失礼いたしました!

    • なんか、写真がぜんぜんうまくなくて、会場の様子が1/5も伝わっていないような気がしております。たくさん参加してくださったし、それぞれに楽しそうでした。やっぱりキャパ一杯だったのかな……。
      __
      >>アウディは製品に対して設定している出来上がり精度が(イタリア車と)比べものにならないぐらい高い
      いやほんと、各グレードの造り分けの細かさがすごい上に、それをちゃんと実体化できてるのがすごい。ポルシェもすごいですけど、アウディもすごいですよねー。
      __
      考えてみれば「クルマがある時代」に「ヒトとして」生まれ変わるかどうか、まったく保証の限りじゃないんですよね(笑)。迂闊だった(笑)。

  • acatsuki様
    迂闊だなんて、とんでもありません!
    単に私が、あくせくと働いたり、無用な戦争をしたりする地球人よりは、「ワレワレハ、ウチュウジン、ボヨヨヨヨ~ン♪」と現れるウチュウジンに憧れてしまった…ということでした。(^^;
    宇宙のどこかで皆それぞれのUFOに乗ってOFF会に集まるという時代は来るんでしょうかね。
    あるいは、もう広い宇宙のどこかでは既に開催されているのかもしれません。(笑)
    くだらないお話でスミマセン。

    • UFOどころかBEVすら未知の乗り物ですけどね、オレにとっては(笑)。宇宙に行かなくてもBack to the futureという手もありますよ!1885年の鍛冶屋はタイムマシンの発明者かもしれませんから。

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