川瀬巴水と秋田で会う

2022年5月の最後の土曜日。主催オフ会を無事に終えた筆者は、山形市内で建築物写真ハンターと化していた家人をピックアップし、一路鶴岡市を目指した。なんとダブルヘッダーである。

#21会場でのC3

秋田県立美術館が開催している「特別展 川瀬巴水 旅と郷愁の風景」を観賞する機会をかねてから窺っていた。当初山形市内から秋田なんてすぐっしょ、と舐めてかかっていた。ところがさにあらず。意外と距離があるし時間もかかる。それでもE13東北中央自動車道やE46&E7秋田自動車道を組み合わせれば、夜が深まる前に秋田市内入りはできるのだが、むしろ面白がって道中泊を企てた。白羽の矢を立てたのは山形県鶴岡市。今までは通り過ぎるだけだったので、一泊して地元のお店で晩ご飯を食べるのも楽しいじゃないですか。

この日、雲と風が多かったのは前述のオフ会会場だけだったようで、山形市内から鶴岡市内まで、それはもう見事な夕陽を浴びながらの行程だった。山形市街地を出たのが17:00頃で、19:00までにJR鶴岡駅前の投宿先に入ることができた。

ホテルルートイン鶴岡駅前から見る夕焼け
ホテル着

そこそこ疲れていたので、さっさと晩ご飯を食べて部屋で寛ぎたい。駅前周辺に呑み屋さんが集まっていることは事前調査でおおよそ把握してはいたが、最後の決め手はやはり店構えだったり入口前のお品書き看板だったりする。残照の消えかかる駅前の路地を歩き、いくつか挙げた候補から最後に決めたのは「目利きの銀次鶴岡店」であった。ごく普通の海鮮居酒屋さん。ちゃんとしたコース料理も良いけれど、もうお腹にもたれてしまうのです。むしろ自分の腹具合と調整しつつ注文できる居酒屋さんの方が気楽なのだ。

目利きの銀次店舗前
目利きって頼りになる感じ
ホタテのバター焼き
お刺身盛り合わせ
食べかけですが……刺身盛り合せ

宿に戻って大浴場へ。風呂に入ると急に疲れが身体の表面に浮き上がってくるような気がする。日付が変わる前に寝てしまう。

翌朝。朝食ビュッフェは6:30から。店開きと同時に入店しても、意外や料理が並びきっていないことがあることを経験で知っている。そこで7:00頃に1階のレストランに入ったら、料理も人もバンバン並んでいて驚いた。で、ついここで調子に乗って食べ過ぎてしまう。今年54歳になるが、この「朝食ビュッフェ食べ過ぎ病」は一向に治らない。

ホテルの朝食
こいつを2セット

この後の日程にはまったく時間の制約はなく、日が暮れる前に仙台の自宅に帰り着けば良いなぁという程度。昨日の続きでE7を秋田方面へ北上する。この区間は家人に運転を任せた。少々雲の多い天気で、そんな空模様も日本海に似付かわしい気がする。

R7
日本海側山形R7名物、風力発電
R7、PA

秋田市内に入ると、市街地中心に向かうほど人の流れが多くなってくる。賑わってんなーと呑気に構えていたら、なんと「東北絆まつり2022秋田」の二日目だったのだ!震災後から始まったこの新しいまつりは、伝統芸能云々よりも経済優先の匂いが濃い。大賑わいの会場の脇を滞りなく通りすぎたのは良いが、秋田県立美術館には専用駐車場がなく、周辺のコインパーキングを使うしかない。まつりのせいで満車ばかりだったら困るを通り越して腹が立ってくるなぁと心配したが、幸い美術館に隣接する立体駐車場は空いていた。それはそれで心配になってくる。まぁ筆者の心配など現金なものだ。

秋田県立美術館

秋田県立美術館は、モダンな建築物だった。ただモダンに過ぎて動線が少々わかりづらいというのが第一印象。郷土の資産家・平野政吉のコレクションを広く公開するために建てられた。有名なのは藤田嗣治「秋田の行事」だろう。展示エリアに入るとすぐの大壁画ギャラリーにそれは展示されている。「秋田の行事」は横幅が20mを超える大迫力の絵で、近づいたり離れたりしてまずは味わう。純粋に表現を追求する藤田とそれを経済的にバックアップした平野の関係に思いを馳せるほど、さっき会場脇を通り過ぎたなんちゃらまつりの軽薄さが際立ってくる。筆者のこういう考えは、一種の危険思想だろうか。しかし表現者を甘言で丸め込んで搾取しようとするヤツのことが、筆者は大嫌いなのだ。もっとも大壁画ギャラリーに展示された「秋田の行事」以外の藤田作品もゆっくり観るにつけ、そんなイライラは夏の瓦屋根に落ちた水滴が一瞬で蒸発するがごとく消えてしまった。力のある表現は心を浄化する。

いそいそと会場を移動。藤田作品から受けた熱をうまく冷ませるだろうか……と少し心配したのだが、巴水の作品にそれは杞憂だった。叶うなら版画というメディアで巴水の作品を観てみたいとこの数年願ってきたが、ようやくそれが叶った。それどころか、最初の数枚でもうノックアウトという感じ。まばたきできない。1枚1枚が小宇宙……なんて表現は本当に陳腐で恥ずかしいのだが、いちばん正直な感想は、ドラえもんのタイムマシンに乗って目的の時代・場所に付いた時にできる出入口、人がひとり通り抜けられるくらいの大きさのあの丸い穴から、明治、大正、昭和の日本を覗いているような錯覚を覚える。作品サイズそのものは小さいのだが、その小さい画面の向こうに本当に雨が降ったり風が吹いたりしているようだ。特に夜景、建物の明りの中に、確かに人の気配が感じられ、そのことが画面に一層の孤独感を与えている。巴水の版画は近代の日本画や洋画とほぼ変わらない画面構成と線で描かれるが、特に雪や水の表現における写実性は現代の作家と勘違いしてしまう程で、パイオニアの貫録を感じさせる。

順路通りに進み、すべての作品を見終わった後にボーッとしていたら、家人から再度冒頭からの観賞を勧められた。嬉しい提案だが、そんなことをしたら脳みそがオーバーヒートしてしまう。帰路のこともあるので会場を辞す。館内のカフェで販売されているポストカードや作品目録を購入。2階のこのカフェは北側一面がガラス張りになっており、広場と、その向こうの千秋公園やお堀が見える。素晴らしい晴天。身体は疲れているが、長年憧れてきた巴水の作品を浴びるように観て、脳みそは沸騰している。オフ会翌日に美術館なんて、身体がもつだろうかと心配したが、本当に来て良かった。

美術館に隣接するショッピングモールでお土産を購入しても12時半。例の「朝食ビュッフェ食べ過ぎ病」のせいで空腹はそれほど深刻ではない。詳しくない街で、さてどうするかという場面。こんな時の腹案も実は筆者、用意していた。筆者の母方のご先祖様の墓は秋田市内の某寺にある。先日親戚筋に弔事もあったことだし、手を合わせて行くのも悪くない。さらにそのお寺の近くには、2011年に家族で墓参りツアーを行った時に偶然入った中華料理屋がある。2011年に筆者はオーダーをミスってしまい、「うーん、なんかイマイチだなぁ」と思いながら食事をした。またそういう時に限って、同席の家族の頼んだ料理が軒並みおいしそうに見えるものだ。11年ぶりの墓参りは省略しても、その中華料理屋で間違いないメニューを食べてみたい!と企んでいたのだ。

そこでまずはお墓参り。同じ名字の同じような大きさの墓が並んで建っているというトラップ。だって11年前に1度来ただけなんだもん!お隣さんですし、どうぞよろしくということでふたつのお墓にナムナム。ばあちゃんの顔でもなくおじさんの顔でもなく、「ご先祖様、どうかプン太郎の次のクルマ、良い物件が見つかりますように……!!!!」と念じて寺を後にする。

義理も果たしたし(そうか?)、さぁメシだメシだ!思い出のお店は東光閣という。幸い店構えや駐車場など11年前と同じで、場所もすぐにわかった。家人は腹ぺこだというが、筆者の腹は「朝食ビュッフェ食べ過ぎ……ってもういいですか?そうですか。とにかく「食べれば食べられますけど」という腹具合だった。そこで家人が「もやしラーメン」、筆者が炒飯、もう1品ということで肉団子単品をオーダー。

東光閣・炒飯
炒飯(見りゃわかる)
東光閣・もやしラーメン
もやしラーメン
東光閣・肉団子
肉団子。お店で単品で頼むと妙に美味い。なぜ家で作るとこうならないのか

あまり空腹でなかった上に大きな期待もせず食べたからだろうか、一口食べるごとに「ん?なんか、これ、うまくね?うん、いや、うまいわ、これ」と徐々に味蕾が開いていき、肉団子と炒飯の組み合わせは、実においしかった。家人のもやしラーメンも単にしょうゆラーメンに炒めたもやしが乗っているのではなく、しょうゆ餡で絡めてから乗せてくる小技を仕込んでいて、大変おいしかったそうだ。ちょっと大通りからは外れているが、東光閣、お勧めでっせ。床がベタベタしてまっせ。

帰路は無理、余剰を完全に排して、E46とE4という一番つまらないパターン。秋田中央ICから東への道のりは実に快適なペースで、「こりゃあっという間じゃん!」などと浮かれていたが、甘かった。秋田<>北上間はおおよそ120kmの距離。これをほぼ対面通行区間だけの自動車専用道路で走るのは、なかなかにしんどい。横手を通り過ぎた時は「まだ横手??」とゲンナリした。クルーズコントロールを使っていなかったら、もっと疲れただろう。クルコン万歳。逆に北上JCTからE4を南下する道行きはリラックスしてしまい、次は平泉とか行きたいねーなどと無駄口を叩く余裕もあった。大和ICで下道に降りれば、そこはもう目をつぶっていても問題ないくらい走り慣れた道。R457で仙台市北部の曉スタジオに到着しても、まだ17時くらいだったろうか。無事に走りきることができた。

西仙北PA
E46秋田自動車道・西仙北PA

秋田、行きは良いのだが、帰路がどうにも退屈だ。敢えて下道で東進し、盛岡でさらに1泊なんてーのも楽しいかもしれない。とは言え、オフ会で極楽のような1日を過ごし、その翌日に藤田と巴水かよ。超盛りだくさんの二日間だった。行って悔いなし!観て悔いなし!そしてその翌日、kikuchi大先輩に付き添われて、筆者はふたつの店舗を回ることになるのだが、それはまた後日、詳しく書こうではないか。

8件のコメント

  • acatsuki様

    ご無沙汰しております。OFF会、しばらく行けておりませんが、活況だったようですね~。
    また、よいタイミングのときに、伺わせていただければと思っています。
    そして、次に良い物件が見つかりますように!
    今日、卸町に行きましたところ、695SSもacatsuki様を待っているようでしたよ~。(笑)

    • ご無沙汰しておりますー。またNorahオフでもやりますか。先日はdenzouさんが来てくださっていたので、Tazzaさんの124と並べばきっと面白かったと思うんです。Tazzaさんも124もお元気そうでなによりです(Instagramで見るばかりですが)。695SSは真っ先に候補から外れますねぇ。とにかく、もうFFじゃないヤツに乗りたいのです。

      • そうなんですね~。
        私は、左ハンドルって、運転したことがないので、一度は運転してみるべきか・・・と最近思い始めているところです。
        acatsukiさんの背中にはなかなか追いつかないですが、後ろをついていきます~っていう感じです。(笑)

        • Bセグメントくらいまでの大きさの、LHDって経験した方が良いと思います。「オフセットがないって素晴らしい!」を毎日体感できますので。ただ124にお乗りのTazzaさんには感動が薄いかもしれません。あれはオフセット全然ないですから。

  • こんにちは。浅学なもので、川瀬巴水は初めて知りました。ネットで見ただけですが、素晴らしいの一言ですね。私もたまに美術館や美術展に行くこともありますが、その経験から推測すると、ネットでこの素晴らしさなら、現物を見たらどれほどが、と思います。浮世絵と日本画と洋画の融合とでもいうのか、色使い構図見る人を引き込む力が凄いですね。空気管まで漂ってくるようにまで思えます。常設の美術館はなさそうですから、秋田までお出かけになるのもわかるように思います。私も見てみたいものです。秋田に行くのを考えようかな。

    • 私もSNSで偶然見かけたのが最初で、以来気になって気になって……。新版画の摺りものを買うなんて、価格も想像できない!と諦めていました。職場でこの展覧会のチラシを見つけて小躍りしました。秋田という街もすごく好きになりました。C43なら秋田なんてちゃちゃっと行けますね(笑)!

  • 秋田いいですね。ご記憶があるかもしれませんが、10年くらい前まで秋田事業所の担当でしたので、年に数回訪れていました。
    「秋田の行事」は大好きです。某SNSで以前印象を駄文にしたことがあります。まだ、オリジナルの県立美術館にあったときです。
    そんな秋田の行事ファンとしては、ひとつ。

    > 平野政吉のコレクションを広く公開するために建てられた。

    のは、今の県立美術館ではなく、向かいの千秋公園内にある旧県立美術館(秋田市文化創造館というもので再スタートしたらしいです https://akitacc.jp/2020/ )の方です。
    あちらは建物も素晴らしいですよ。入った瞬間、圧倒されます。
    (acatsukiさんの文の意図が、親旧含めて、という広い意味ならすみません)

    • うーん。秋田県立美術館のアバウトページの文章を曲解してしまったようです。ご指摘ありがとうございます。「秋田市文化創造館」も、同じ業界の人間として一度訪問してみなきゃとは思っているんですが、今回は電池切れでした。そっちも見にいけば、双方の建物の関係も正しく理解できたのかもしれません。「秋田の行事」は、もちろんhoshinashiさんのあの文章(東北ツアー記……でしたよね)で大いに興味を持ったのです。今回ようやく実物を見ることができました。巴水体験と合わせて、すっかり秋田が好きになってしまいました。今度は秋田市内に数泊したいです。ただし冬は無理だけど……。

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