試乗記 日産 マーチ12SR
別途ツーリングカテゴリーにアップしたとおり、親友あにまるの日産 マーチ12SR(AK12型)を運転する機会を得た。正確には思い出せないが、10年くらい前に一度運転させてもらったことがある。今でも鮮烈に覚えているのは、ボディと足周りの硬さである。単なるBセグメントファミリーカーが、この2点が変わるだけでも別物のような、まるでアスリートのような乗り味に変わっていて驚いた。今回の試乗体験も、言うならばその記憶の再確認だったが、今だから気が付くこともあるし、個体の経年劣化という現実もあった。だが今回の試乗で得られた全体的な印象は、はっきりと肯定的なものである。
日産 マーチ 12SR
総走行距離約90,000km
形式 DBA-AK12
原動機の形式 CR12DE
排気量 1.24L(無鉛プレミアムガソリン)
車両総重量960kg ←!!!!
全長 3735mm
全幅 1670mm
全高 1505mm
■全体的な印象■
いわゆる実用車をベースにしたメーカーコンプリート車である。だから全体の印象はアバルト プントエヴォに驚くほど似ている。細かい改良点が違うから視点がミクロになればなるほど違いはあるけれど。本個体のボディや足周りのパーツそのものは、距離を重ねてなお購入時のままということで、10年前に驚いた硬さではなかったが、基準車と比べればやはり別物。後述するが、とにかく硬くしておけ!ではなく、カタログモデルとして公道走行になんのストレスもない領域に収められている。むしろそこがすごい。
■今回特に印象的だったのは■
驚いたのは軽量フライホイールを咬まされたエンジンの吹け上がりである。街中を巡航速度で走行中でも、シフトチェンジのためにクラッチを切るだけでぐわんと回転数が上がる。これが慣性?まるで軽くブリッピングしているようだ。そしてエンジンが軽やかに回ると、クルマそのものの印象まで軽やかになることを再確認。楽しくてつい回してしまう。一方で低域トルクが薄まっている関係で、1速で引っ張るよりも動き出したらすぐ2速、そしてその2速でぐいぐい引っ張る……というシフトチェンジが現実的だ。オーナーのあにまるは2速で引っ張って直接4速に入れて巡航。3速はエンジンブレーキ専用だとのたまっていた。まぁこの事例で、エンジンのおおよその性格をご理解いただけるのではないか。
■吉凶入り乱れる内装■
乗って走り出して1分ですぐに気が付くのがセミバケットシートである。徒に硬くせず、ある程度沈み込んで下半身を受け止める。硬さにせよ柔らかさにせよ、嫌味なレベルではなくいつの間にか存在を意識しなくなる出来が嬉しい。別の意味で驚いたのがシフトノブの動き。トラベルもでかけりゃゲートの感触もあいまいという、ここだけ商用車パーツか?というトランスミッションである。前述のシフトチェンジのことを考えると、おそらくミッションはアリモノのままスルーされたのだろう(実はマーチにも商用MTモデルってのがあったらしい)。この文章を書くためにネット上で12SRと中島技師に関するテキストをいくつか読んでみたが、ギア比の見直しを含めたトランスミッション周りは、やはり手を入れられなかったらしい。
■クルマから降りて考えてみる■
匠の技の成果と見られているマーチ 12SRだが、ピリピリひりひりしている、緊張感に苛まれつつハンドルを握るコンプリートカーではない。基準車が弛んだままにしていた部分を引き締め直した、むしろ運転しやすいものになっていた。オーナー曰く「ま、コンプリート車とは言っても、メーカーの製品だからなぁ。ある程度余裕を持って作られてはいるよね」。今回の試乗では、確かに経年劣化という言葉を実感したが、だからといって12SRの真価は決して色褪せてはいない。かつてアルファロメオ MiToを修理だか整備だかに預けた際に代車としてあてがわれた基準車も、しっかり記憶に残っている。その個体は車重も1.2t、さらには車高調がインストールされていたのだが、旋回動作は納得できるものになっていてやはり驚いた。ロールの立ち上がりもその量も適切で、ライン取りが容易だった。旋回要素に関係する部品そのものや取り付け、セッティングを丁寧に煮詰めた気配が感じられた。車高調はその邪魔になるどころか、足の動きが制限されたことによって、ますます素養の高さが炙り出された感すらあった。
■これが実用車の基準車■
この、日本酒で言えば純米吟醸みたいな12SRがカタログモデルだったことは驚くしかない。だからこそ運転手を選ばないコントローラビリティが得られた反面、トランスミッションのように、コストカットが理由であろうあきらめざるを得ない要素があったことも実感する。しかし筆者が感じる限りでは、12SRの弱点は基準車そのままのトランスミッションと内装くらいである。つまり12SRは、そもそもそれなりの素養を備えていた基準車に対し、溶接スポット増設やフライホイール軽量化といった「こうあれかし」が中嶋技師によって施された、至極真っ当な実用車なのだった。オーバーフェンダーやリアスポイラーにごまかされてはいけない。誰でも運転しやすく、しかも楽しいクルマである。もし中島技師とオーテックがリアル走り屋車両に仕立てようとしたなら、あのシフトノブが放置されるわけがない。
12SRにトルコンAT仕様があったら、免許取り立ての若者から高齢者まで、運転が楽な傑作実用車として持て囃されたかもしれない(AK12マーチそのものが、たくさん売れたモデルではあるが)。12SRが示した実用車としての「こうあれかし」は乗る人の心を動かす。ここまでやってようやく「実用車だ」と胸を張れるのではないか。あにまる君、ありがとう。
個人の独断と偏見ですが、12SR…稀代の名車と言い切ってしまいます!
現在の自分の自動車価値観に大きな影響を与えた一台であり、このモデルの試乗経験が無ければ、おそらく現在ルーテシアを乗っている事は無かったでしょう。
acatsuki-studio様と同じく、10年ほど前に当時友人が所有していた12SRを数回試乗させてもらう機会があり、いたく感激しました。「軽さは正義」という動かしがたい真実を再認識し、オーテックの仕事に唸らされたものです。
本文でも触れておられるように、チューニング/手入れの「止め所」がものすごく絶妙な印象でした。ホットハッチというジャンルで語られるクルマの、一つの到達点ではないでしょうか。そして12SRには2ドアモデルも存在し、ここからさらに30㎏くらい軽かったはず。4ドアですでに余裕の1t切りなのに、です。
こんなモデルが、数量限定ではなくれっきとしたカタログモデルだった事…むしろこれが真の価値だったようにも思いますね。
そうなんですよ。「オーテックが……」「中島技師が自ら……」とかそういう美辞麗句に心躍るのは仕方ないとして、どこをどういじったかではなく、「止め処」「ここまででいい」という見切りの絶妙さこそが、マエストロの真の腕前じゃないかと思います。しかも1回運転してみれば「タダゴトじゃない!」とすぐわかる。軽いこともすごいですが、運転する人が喜ぶ勘所を知り尽くしていて、喜ばせ方を知ってるなぁと唸らされますね。確かに言われてみればルーテシアの乗り味に通じるものがある……かもしれない。回頭性の速さ、確かさなんかは通じてますね。ということはあれくらいのサイズで、FFという駆動レイアウトで……と詰めていくと、おそらく勘所は同じようなものなのでしょう。ルーテシアの感想文も書きますので、少しお待ちください。
自分もこころ動かされたクルマです。ベースの12にヨーロッパ向けとかあったらどんなチューニングになっていたのか興味あります。
あ、ヨーロッパ向けってあったと思い込んでいました。例の901運動の前なのかな、K12は。現行のマーチが(乗ったことないけど)残念ですね。
現行は生産終わっちゃいましたね。NISMOはエンジンにも手が入っていて良さげだったんですが。
生産終了かぁ……。今の日産のラインナップで興味があるのはGT-RとZだけ……。