試乗記・VW up!/良い人だけど出会いがない

ひょんなことからフォルクスワーゲン(以下VW) up!の試乗機会を得た。ちょっと珍しいクーペ、2ドアの2015年モデル。トランスミッションはASGという名の自動マニュアルトランスミッション。試乗と言っても交通量の少ない、道幅の広い一般道と自動車専用道路を合わせて15km程度。そんな短距離の試乗だったが、up!をすっかり気に入ってしまった。

ネットからの借り物画像です。限定色のオレンジ

2019年、家人のC3購入の過程でイデアルさんの中古車売り場をさまよっていた時、売り場に置かれていたup!の運転席に座ってみたことがある。運転手が触るどの部分も剛性感が高くて驚いたものだ。ドアの開け閉めのガキイッ!という感触もそうだし、ABペダルの組み付けときたら、踏み込み方向はおろか、横方向にも遊びがない。おそらくアセンブリ、モジュールのポン付けだろうにすげえなこりゃ、と。特にペダルは革靴で踏まれることが前提になっているんじゃないかとすら思った。ブランド最下限モデルですらこの造りか……。今回の試乗でもそれらはまったくそのとおりで、かつハンドルコラムもがっしりしていることが確認できた。ドアの閉まる感触やペダル、ハンドルコラムの剛性、そういう小さな印象を積み上げて、人はそのクルマの全体像を把握する。BMW M235iの試乗記でも書いたが、人間は剛性の高い機械に信頼感を抱く。up!への信頼感は走り出す前からひたひたと車内に漂っている。当スタジオにはトヨタの最下限モデルたるパッソがいるが、up!がクルマならあれは一体なんなんだ?とすら思ってしまった。

20km/hでも100km/h前後でもその印象はまったく変わらず、特に高速では浮き足立つ気配もなく矢のように直進してくれる。正直に言って高速走行時の落ち着き加減はプン太郎のそれを上回る。ドイツはアウトバーンでの走行がいまだに自動車の良し悪しの判断基準になっているそうで、それを思えばup!の直進安定性の高さは必須の性能・装備なのだろう。日本の軽自動車の頭上空間とか収納ポケットの数などと同じことなのだ。直進安定性重視の極端な例としては、一連のBMW車のように、旋回挙動をリア優勢に極端に振ってくるような偏向も呼び込むことになる。が、ホイールベースの短さゆえかVWの見識ゆえか、幸いup!の場合は、そうではなかった。もっともワインディングを走ったわけではないが……。

up!の日本導入は「黒船来日!」と大いに騒いがれたものだが、結局軽自動車やパッソ、マーチのオーナーがこぞって乗り換えるなんてことにはならなかった。もちろんそれらより高価であるという厳然たる事実がその理由のトップだろうが、ASGも大いに足を引っ張ったと思われる。そういう出来だ。助手席に座っていてすら変速時の空走感ははっきり体感でき、特に1から2速へのアップシフト時の、半クラッチまで含めての変速時間が長大。2-3速の場合の体感時間はその1/2、あるいは1/3くらいだが、やっぱり空走感はある。だからDモード=オートモードでの加速動作は、実に実に穏やかなものに自然となってしまう。その代わり変速ショックは(穏やかな運転をしている限りでは)まず感じない。キビキビとした加速とトレードオフで、安寧なシフト動作を実現しているのだ。

ではマニュアルモードではどうか。確かに求心加速度は大改善されて、少なくとも一般道では必要充分以上の加速感は得られる。しかし1速でがっつり廻してしまうと、変速ショックを和らげようとして、回転数合わせと半クラッチ時間が余計にかかるようになる。マニュアルモードでもそこは介入されてしまうのだ。筆者程度の腕では、空走感を最小限にするポイントを試乗時間内で見切ることはできなかった。1-2速をきれいにつなぐことができれば、up!はある種のやんちゃな加速を受け入れるだけのキャパシティを持っていると思うのだが。

室内の防音はそこそこ。自動車専用道路で120km/hを出しても助手席との会話に苦労するようなことはない(後席には座らなかったのでそちらは不明)。直列3気筒/1リットルガソリンエンジンが発する音の、イヤな帯域は制音しているようで、正直当スタジオのシトロエン C3(直3/1.2l)と比べても静かだ。ギシギシカタカタのような音もない。ホイールベースが2400mm少しだから、室内を狭いと思うか必要充分と思うかは評価者の体格によると思うが、身長170cmの筆者は同乗者がいても、少なくとも狭いとは思わなかった。場合によってはプン太郎の方がシフトチェンジ動作の際に、助手席同乗者の肘に触ってしまうことがあるくらいだ。

唯一腑に落ちなかったのがドライビングポジション。ハンドルはセンターにいる。ペダル類は右のタイヤハウスに若干蹴られて「あと一声右に!」ではあるが、C3に比べればずっと健康的。つまりそこまではOKなのだが、シートバックの角度を調整し、ペダル位置に合わせて前後位置を決めると、ほんの少しハンドルが遠い。だがテレスコ機能はないのだった。惜しい!そこでシートバックを僅かに立てて辻褄を合わせた。シートそのものは豪華でなければホールドも決して強い方ではない。15km程度の試乗で決定的な瑕疵は見つからなかった。オーナーは仙台・盛岡間の往復(ほぼぴったり300km)くらいならまったく平気だという。そこに疑念が湧く余地もなかった。ちなみにup!はブレーキマスターをちゃんと右に移設してあるという。その一事だけでも、真面目にパッケージを詰めたことがわかる。こんな小さいクルマでもやればできるのに、ライオンマークのクルマはもっとがんばってほしい。

結論は実にありきたりで、このブログらしいものになる。「MTなら無敵だ」。内外装の清廉さも、このサイズだと「センスの良い小さい家具だけを配置した四畳半」みたいで、余計なものが無いこと自体が美しく感じられる。しかも手で触れるあちこちががっちりとしていて。動力性能にも遺漏はない。充分だ。旋回も制動も実直で癇に障るところがない。これなら「今日は思ったよりも天気が良いから、ちょっとドライブに行っちゃおうかな」と思うオーナーは多いだろう。内外装を形作る線はいつものVWクオリティ、清潔感溢れるもの。加えて小さいことがプラスに働いて、ほんの少しの曲面やナナメに伸びる線が目に楽しい。正直、VWがup!にこんなにも趣味性を埋め込めたことに驚いている。真面目一直線かと思いきや、ちゃんと呑み会にも付きあい、しかも聞き上手話し上手で見直したぜおまえ的な。だがしかし。あぁ、だがしかし。ASGだけが足を引っ張っている。変速ショックを最低限にしようとしたことはわかる。燃費もまさかの20km/l台を出してきた。それに体格的にトルコンATは積めなかったのだろう。CVTは余計なパテント料がかかるのかもしれない。それでも日本市場に対してMTという選択肢はなかった。そういう事情はわかる。わかるのだが、これはあまりにももったいない。これを解決するにはGTIという限定グレードを買うしかないというのが哀しい。そんな6速じゃなくていいから、普通のグレードに5MTを設定してくれるだけで状況は変わったかもしれないじゃないか(泣)。

今いったいいくらで売られているんだ?とVW公式サイトを見てみたら、もはや終売、日本で新車を買うことはできないのだった。このup!、30歳過ぎて、身につけているものに少し気を配らなきゃ、なんて思い始める年齢層の人たちこそ乗って欲しい。そこにはカッコつけたいからとか、走りに惚れたからとか、輸入車を選択する時にありがちなロジックは一切必要ない。せめて自動車好きを自認するなら、up!が本当にイイヤツだということだけは認めてあげたい。幸か不幸かGTIの中古車、200万円くらいでまだまだ買える。良い人なのに、ここ(日本)には出会いがなかった。

6件のコメント

  • やっぱり小型車はお手の物なんですかね~VW。自分は先々代ポロですら剛性感に感動しました。車よくわかんないけど現行ゴルフを試乗即購入した職場の女性(ハイオク仕様は後で知ったくらいだそう)も「なんか安心」と分かりやすい表現をしてくれました(笑)。2べダルに関してはコストが操作感の出来にモロ影響してそうな気がします。ヨーロッパでもマニュアルは減少傾向な噂を聞いております。「速く」ではなく、「正確に」運転するにはマニュアルのメリットはデカいと思いますが、見直される前にガソリンエンジンとともに終焉を迎えそうなのが悲しいです。

    • 小型車上手ですかー。それも納得です。そういえば3世代くらい前のポロ、オレも助手席だけなら乗ったことがありました。ガッチリというより硬重いという感じ。きっと車体が重かったんでしょう実際に。日本に住んでるとほぼトルコンかCVTしか体験できないから、大多数の人はそこを考えることもないんでしょうね。マニュアルについては、まだまだ新興国、これからモータリゼーションが起こる国々ではしばらくメインでしょうから、オレら世代は逃げ切れますって(笑)!

  • 13年ぶりにクルマ復活をしたきっかけがup!のCMだったと思います。たぶんup!だと思うんだけど、googleでそれらしいキーワードで検索しても出てこないから違うかもしれない…
    確かSMAPが手旗信号してて、コンパクトカーが行き来してるの。それを見て、このサイズのクルマならもう一度乗れるんじゃないか、って思ったのよね~。
    結局かわいいチンク500Cに落ち着いちゃったんだけど、そうか、きっちりいい子なのか。ちょっと興味あり。

    • 同じ試乗記でもM235iは少しドライで、up!の熱量が高いのは、up!にはちゃんと ASGというデレ要素があるからだと思うのです。あと小さくてパーソナル感がより多く感じられるという理由もあるかな。「こんな小さいのにちゃんとしてる」というのも、好感醸成に一役買っているかもしれません。だからと言って今の自分がup! GTIを乗り出し200万円で買うという選択はないのですが、P姐さんのように「久しぶりにまたクルマに乗ってみようかな」という潜在ユーザー層にはビンビンに響くと思います。あ、もちろん500Cとか595Cに比べれば圧倒的に優等生ですよ。マクドナルドにはいっしょに行ってくれるけど、深夜のクラブにはつきあってはくれない感じ。そこが長く乗れるかどうかの分れ目じゃないかと。

      • なるほどねぇ。でもご存じの通り私たちみたいなヘンタイさんは「優等生」を求めていないどころか敬遠する傾向にあるのよね(笑)
        たぶんわれわれのほうに難アリなのかと。

  • 我々側に難があるのは自明として(笑)、でも認めてあげてくださいよ、というレポートですので。ちゃんとファンがある、とオレは思いました。当スタジオの場合、老母が乗ってくれるとジャストフィットだと思う次第。

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