考察・ロードスターとはなにか 総括

計5回も費やしてあれこれ書いてきたマツダ ロードスターND5RC。自分自身の理解を深めるために、そろそろ総括してみたい。この先乗り続けるに従って印象が変わる可能性はあるが、乗り出し約半年でここまで感知できた(もしくはここまでしか感知できなかった)という記録にはなるだろう。

これまでの考察
#1運転環境
#2ハンドル
#3加速
#4FRレイアウト
#5シート造形

情緒の上での筆者評は実は固まっている。不便であることすら肯定してしまうほど運転が楽しいクルマ、という1行で総括できてしまう。ある種の人々にとっては無用の長物でしかないが、その徹底した「役に立たなさ」こそがロードスターの魅力なのだ。

さて、NDロードスターを買って良かったか?良かったとしか言いようがない。運転操作の結果がダイレクトにわかるという意味では前任アバルト プントエヴォも同様だったが、FRレイアウト車の挙動が筆者には新鮮でしかたがない。しかも、だ。ロードスターは屋根が開くのだ。オープンカーの楽しさは理屈ではない。体感がすべてであり、その楽しさのせいで、些細な不都合に目をつぶれるほどだ。自分の操作に忠実にクルマが反応するから運転が楽しくおまけに疲れない、その上屋根が開く爽快感ももれなく付いてくる。2シーター=定員2名であることを、諸悪の根源のように言う愚者がいるが、もしそのことが問題になるなら、それはあなたの生活そのものや、そのことを理由に購入に反対するパートナーとの信頼関係の問題であって、ロードスターの落ち度ではない。筆者は電子鍵盤楽器奏者なので、どこかで演奏するとなればそこそこの物量の楽器と機材を運ぶ必要がある。これまでのクルマ選びでは少なくない割合で「楽器運搬」という要素を考慮してきたが、ロードスターを買うと決めてからは、その時は家族のクルマを借りるか、場合によってはレンタカーで対処すれば良いと考えを変えた(Bセグメント車両でけっこう積めてしまう)。

shikama-town

ロードスターに乗る毎日が積み重なっていくとわかってくる。オープン2シーターは、生活を一変させる力を持っているのだ。そして生活を積み重ねた先で振り返ると立ち現れるのが人生である。ロードスターは人生を変えてしまうクルマなのだ。「なにを大げさな……」と嗤う人は、そもそも人生を振り返ったところで、得難い出会いを得る前の若年者か、単なる哀れな人である。若者には大いなる可能性があるが、後者は筆者やこのブログの読者諸氏にとって縁なき衆生である。

と、ここまではロードスターオーナーだからこそ享受できる良さについて書いてきた。一点の曇りもなくそれは褒め称えられるものだったが、メカニックな視点に移るとその結論は複雑になる。

筆者がロードスターに乗りたいと考えるようになったきっかけは、自動車評論家沢村慎太朗のスポーツカーについての評論である。沢村曰く「まず初めにマツダのロードスターを買いなさい。そして、それを余すところなく乗り尽くしてしまったら、次に買うべきはポルシェ911しかない。他のクルマは寄り道にしかならない」。または「まずはロードスターを買って旋回するということを身体に叩き込み、しかる後に911で加速することを学ぶ」。いずれも「スポーツカーを買うならば(午前零時の自動車評論第3巻)」からの引用だ。これが筆者にはピンとこなかった。FFでだって旋回は学べるんじゃないの?だがピンとこなかったからこそいつまでも心に引っかかっていた。そしてMiToやプントエヴォでFFならではの旋回挙動を自ら分析して体得するにつけ、次段で書く自転と公転の立ち現れ方やその知覚が難しいと思うようになった。わからなくはないが、「あ!このことか!」というほど鮮明でもない。沢村の書き様は、FRならもっと自転・公転運動が鮮明にわかると言っているのではないか?ではMRでは?RRでは?と気になるようになった。

以下大幅に沢村の受け売りである。自動車における旋回を理論的に理解しようとするなら、自転運動と公転運動を別々に、しかし同時に感知することが肝要だ。そのためにはクルマの前後重量バランスが均等であることが望ましい。その上で運転手がホイールベースの真ん中に座っていることが重要である。NCまでのロードスターは前後重量バランスといい運転手の着座位置といい、おまけにホイールベース値や車重までもが理想的だった。だから自転・公転運動や自転軸位置の変化をリニアに理解するのに最適なのだ。ところがNDは運転手のヒップポイントがやや後ろに下がり、運転姿勢もやや寝そべり気味に設計された。後ろ下がり代の「やや」とは35mmなのだが、自分のクルマのシート前後位置を3ノッチ後ろに下げたら運転する気がなくなるであろう(あの1ノッチは約10mmだそうだ)。そう考えれば35mm後ろに下げたことは大変動と言える。それにはクルマの旋回要素である自転と公転運動をどうやって人間が感知するかを知ると実感できる。自転運動の検知は三半規管だが公転運動検知は腰だという。筆者はこの説明を遊園地のアトラクションのひとつ「コーヒー(ティー)カップ」を想像することで理解した。カップの自転を検知するのはなるほど三半規管(耳)である。で、複数のカップが設置された大きな円盤の回転(公転運動)による遠心力を検知するのは腰である。なるほどセンサーは耳と腰で、そのふたつのセンサーが縦線、つまりy軸線上にあることが大事なのだ。それもそのy軸は垂直に近いほど良い。という前提を理解してからNDの運転姿勢を改めて考えてみれば、確かに幾ばくかの調整の余地があるとは言え、寝かせ気味の基本設計に沿うに如くはない。実際筆者も寝かせ気味に設定しているし、エクステリアデザインも運転手の頭がリア寄りに置かれた時に一番美しく見えるように設計されているという。だがそうすると耳と腰の前後位置はずれ、運動検知が同時ではなくなってしまう。ND開発陣のひとりは、着座位置を後退させ寝かせ気味に座らせることで三半規管がより駆動輪に近づき、結果的にドリフトしやすいようにしたと発言したらしい(あくまで意訳だが)。自転運動を先んじて検知したら、確かにそれはリアの滑り出しの気配を先に検知することだが、それを以てNDがドリフトしやすいクルマかというとそれは違うと思う。単に自転運動検知が敏感なクルマである。NCからのホイールベース短縮やヒップポイント後退や姿勢の変化は、エンジンのフロントミドシップ徹底による低重心化や、健全な運転姿勢作りのために別の視点から突き詰めた結果なのだろう。NCまでの理想的着座位置構築を崩すことに対する批判を避けるための、ドリフト云々の話は時節柄の流行りネタを絡めた詭弁だろうが、発売したものの思った通りになりませんでしたとは開発者は口が裂けても言えまい。前出の沢村はNDのそんな資質を「嘆息のND(午前零時の自動車評論10巻)」という評でまとめている。ロードスターはこれまでの美点をひとつ失った、と。

二口林道展望台

NDを実際に購入する遥か以前にこの評を読んで、最新が最良とは限らないのねと筆者は思った。となるとNCは重くなってしまったから、ロードスターを買いなおすならNBのマイナーチェンジ後モデルと思い定めてきた。実際マツダの開発主査自身がベストロードスターはNB後期とポロッとバラしてしまったことがあるらしい(笑)。側面衝突安全要件や歩行者衝突時保護要件など、車重を増やす要素だけはどんどん増えていくこの世の中で、NDマイナーチェンジ後にリリースされた990Sは本当によくやったと思う。ただ筆者ですら知っている「NB後期がベスト」という情報は、ロードスターにそれなりに興味を持つ人には半ば常識であろう。2022年夏に実際にロードスターを買うと決めた時、NBの極上品を探すハードルはますます高くなっており、例えそれが見つかったとしても、運動性能とトレードオフにせざるを得ない内装の貧弱さには耐えられなかった。これをお読みのNBオーナー諸氏には申し訳ない話だが……。

石越・花泉定点観測地点

NDロードスターに乗る日々が始まってみれば、FRならではの旋回特性とその運動性能はまだまだ筆者の手に余るものであり、その奥の深さを思えば「もっと乗りこなしてやろう」という気持ちがムクムクと湧き出て、だから運転する毎日が楽しくなってしまう。内装は「以前と比べれば……」などというエクスキューズ抜きに、現代のクルマとして一切引け目のないクオリティであるし、BMW MINI以降のポップを乱雑と取り違えたような内装の自動車が氾濫していることを考えれば、むしろシンプルリッチという言葉について考えるきっかけにすらなると思う。マイナーチェンジを施してさらに運動性能をかさ上げした最新モデルとデビュー当時のモデルを比べても、双方に特質、異なる魅力があるという事実は、現代のクルマでは非常なレアケースだ。

ロードスター初心者がND5RC Sスペシャルパッケージに半年乗った感想をまとめよう。マツダ ND型ロードスターは運転技術を真剣に考えているドライバーほど夢中になれるクルマである。それでいて快適性も備え、ファッションで買っても後悔しない。屋根開きの解放感・爽快感は生活を良い方にシフトさせる。移動の自由を手にする以上の快感を、現実的な価格で購入することができる。しかも一般的な輸入車と比較して、その維持には手間も金もかからない。2人しか乗れないから、荷物を積めないからという理由でロードスターを選択肢から外すのは、前提そのものが間違っている。ロードスターを生活に組み込めないその生活こそがどこか歪なのだ。気温20度の晴天にロードスターの幌を開けて10km走ってみればわかる。あるいはその空気感を想像してみるだけでいい。人生を変えるクルマは世の中に何台もない。マツダ ロードスターは間違いなくその中の1台である。

10件のコメント

  • 滅茶苦茶楽しく読ませて頂きました!着座位置云々はありますが、スタイルとしてはFRならではのロングノーズが強調されて良いと思います。鼻先がヒラリヒラリと向きを変えるのは、快楽の一言に尽きると思います。FRスポーツとしての素性の良さやライトウェイトならではの痛快さがあってこそですが、ロードスターの偉大さの一つに「快適」があると思います。オープンカーをスタンダードにした大きな要因だと思います。

    • 着座位置のことを知っている限りの知識で一所懸命に書いていたら、「でもそれすらNDの個性である」という一文を書き忘れてました。エクステリアは見る角度や距離によって結構印象が変わるので、オーナーとしては飽きないです。それにやっぱり日常で限界値に到達するわけもなく、普通に乗ってる分にはまったく快適の一言。専用設計で長年作り続けてきた知見は素晴らしい。それを日常生活の範囲で味わえるのがさらに素晴らしい。ヘンなクセもありませんし。いやぁ、買って良かったー(笑)。

  • んー、まじめだなぁ。重い!
    いつも感性のまま?本能のまま?欲望のまま?クルマを選んで楽しんでいる身からすると、いやぁこんなに考えて乗らなきゃいけないのかぁ、と反省しちゃったわ。ロードスターはNA, NC, NFのオーナーだったのにこんなに深く考えてないわ。でも気持ちいいし、ちゃんと教えてくれる先生であることはわかる。そうよ、以前乗馬のたとえをしたのもロードスターだったよね。

    私見ですが、どのロードスターが最上か、なんていうのは人によって違うと思う。開発者はNBって思っていたとしても、結局は乗り手が判断するもので、その乗り手のそれまでの経験、どんなふうに乗りたいか、何を求めているかで最適解は変わるんじゃないかと。同調してくれる人は少ないだろうが、私にとっての最適解はNFなので。はい。

    いやしかし、オープンカーが人生を変えてくれちゃうのは真実。オープンカー、欲しいです。ください。

    • オレ自身も面倒くさい性格だと思います(笑)。ただこういう思考の補助線がないと旋回運動を言語化して理解できないというのも(個人的には)真実でして。単純に「アクセル踏んでハンドル切ったら曲がった!気持ちいい!!!」というブログにはしたくないのです。あれ?そういう内容のエントリーも多々ありますが?はい、重々承知していますが、目指すべきところということで……。乗馬を例にされたことも、ヒップポイントが35mm後ろに下がったから云々という書き方も、基本的には同じアプローチだと思うんです。誰へのアプローチかというと、「クルマの運転が楽しくて大好きだが、どうして楽しいのか言語化していない人」です。言語化できないのではなく、する必要がない人。だって単に運転を楽しむなら運転してりゃいいわけで。でも一度言語化できてみると、自分でも理解が早いし、深くなる可能性がある。人にも説明できる。このブログ、R35 GT-Rを今朝見かけた!実車初めて見た!という感動を書いてみようと始めたものですが、MiToの購入で「同じMiToオーナーの役に立ちたい」に変質し、現在では「クルマの所有とその運転はめっちゃ楽しいことをわかってほしい」に変わってしまいました。オープンカーに乗ってる人って何考えてるかわからんという人がほとんどだと思いますが(少なくとも筆者周辺における実感としてはそう)、こう考えるとロードスターってのは動的にも静的にも興味をかき立てられる存在なのよ、と持てる知識総動員で書いてみたくなったんですよねー。
        
      という返信そのものが重い(大笑)。しつれいしましたー。オープンカーほしいの、わかる。オレもマセラティ グランツーリズモMCストラダーレほしい。誰かください。シングルクラッチAMTでも我慢します。

  • うんうん、言語化してくださるから、なるほど、そうだよね!おお、あの現象はそれだったか!とひざを打つことができるわけで、「重い」といいつつかなり感謝しつつ興味深く拝見しております。私も「言語化していただいたおかげで何が楽しいと感じさせてくれているのか理解できた」ひとりだと思います。ありがとう!
    重たい考察を否定しているわけでは全くありません!とお伝えしたかったのです、念のため。どちらかというとacatsukiさんにではなく、多少の緊張感を感じてしまったかもしれない読者のかたに。

    今ちょうどこちらのブログで、先日のレッスン記を書いてるのですが、おっしゃるところのお尻の滑り出しの感知みたいなことをむっちゃ実感したところなのです。リンクするなぁ。

    • フォロー、本当に感謝です。確かに理屈っぽさ満点なエントリーになってしまったなぁとは思っていましたのです。あと「多少の緊張感を感じてしまったかもしれない読者のかた」がいるとはまったく想定してませんでした(笑)!「おいおい、今さらそんなレベルの話かよ……(鼻でふふん)」とか「そんなこと書いてるけど、おまえそれを運転して再現できるのかよ」とか、レベルの高い読者からの嘲笑を受ける緊張感は私にありましたけど(笑)。というか、かなりいつもその緊張感はあるなぁ。ま、恥をかくのは私自身なので良いんですけど、今回は沢村塾長の名前を全面的に出しているので、そっちの誤解が発生しないかという緊張感もあった。
        
      姐さんのレッスンエントリー、こっちこそ参考になりますよ。先日雨の夜走ってたら、いつものコースをいつものスピードで走っているだけなのに少しお尻がむずむずしまして。これはスタッドレスタイヤを履かせている今こそ、定常円旋回の練習をすべきなのでは?と思った次第です。そして定常円旋回でネタを1本思いついた!ネタ提供ありがとうございます。

  • 直線幾何学の景色に乗った1枚目、緩やかにカーブを描くラインに乗った2枚目、1点透視でそぎ落とされた景色に乗った3枚目、どれもロードスターの造形が引き立つ素晴らしい写真で羨ましい…。ロードスターの動的性能の言語化には、何も申し上げる土台を持ち合わせない私ですが、言語化するというのはとっても大切だと思ってます。写真もしっかり意思が出てて、羨ましい…。眺めるだけですが、内外装ともに、NDにはNDをデザインした方の意思がちゃんと見えていいなーと思います。そしてロードスターもMiToもそうですけど、他と比べてどうこう言うことに意味がない存在、ということが価値の1つなんだろうなぁ、と思う次第でした。

    • 自分は音楽制作をライフワークとする者ですが、作った音楽を褒められるよりも運転と写真を褒められる方が嬉しいです(笑)。的確かつツボを突いた評をありがとうございます。左右対称とか幾何学的構図は多分自分の好みなので、自然に枚数が多くなる→掲載される確率も高くなるだけだと思いますが、実は写真についてはまだぜんぜん言語化できないんですよ!幾何学的構図、カーブとロードスターとか、4832iさんに指摘されて「いわれてみれば……」と気付くくらいでして。自分だってブログを書いていなければ、言語化など意識しなかったでしょう。でも言語化できないと再現は難しく、再現性がなければ「技術」になっていかない……と思っています。自分は運転がうまくなりたいので、技術は必要だよなぁと思っています。もっとも乗っている時いつもそんな風にしかつめらしく考えているわけじゃないですけどね(笑)。乗っている時はだいたい「いえー!」です(笑)。

  • こんばんは。acatsukiさんが、どれ程NDに(もう既に)惚れこんでいるのかが伝わってくる内容ですね。私も走っていて、「あっ、いまのカーブ思うように曲がれた」とか「今のはいまいちだった」とか思うのですが、言語化ができませんねえ。言語化できるレベルの理解度だと、再現もかなりできそうで、羨ましいです。
    私は今の愛車で本気で愛してる車は終わりかな、と思っています。もう余りいろいろ試乗に出かけたりましなくなりました。浮気性なので、いつも次は何を買うかなと今でも思っていますが、実際はもうこれとずっと走ることになるだろうと感じています。たぶん、acatsukiさんも、ND以外は今は考えられないのではないでしょうか。時間が経つとどうなるかは別にして、そういう車との付き合いができるのは幸せですよね。

    • 大先輩のこのコメントは少し意外でした。あれこれ目移りしているようで、かなりMB/AMGに一途だと思っておりましたので。価格に関わらず、そういうクルマに出会えることは本当に幸せだと思います。MiTo、プントエヴォの2台も、自分は決して「少し乗ったら乗り換えよう」と思っていたわけじゃないんです。ただ2台両方にひとつだけ足りない要素があって、その要素を持った1台が別に欲しいとは思っていました。それはホイールベース長めの、高速走行時の安定性が高いヤツ。有り体に言ってDセグメント以上のセダンかワゴンなんですけど、これが欲しかった。所有したことないので。高速道路を安寧にバビューン!っていうの、やってみたいなぁと。NDロードスターでもそこは賄えないので、NDにはなんの不満もありませんが、増車を夢見つつ生きていきます!

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です